遊邪と岡湯所 ― 門前町に息づくもう一つの風俗空間（江戸期）

遊邪と岡湯所 ― 門前町に息づくもう一つの風俗空間（江戸期）

江戸時代、幕府は吉原を中心に公娼制度を敷き、遊女を統制したが、その外側では寺社門前町や都市周辺に「岡場所」と呼ばれる非公認の遊里が生まれた。そこでは「遊邪」と呼ばれる私娼が参詣や観光に訪れる庶民や旅人を相手にし、参拝が娯楽と結びつく時代に独自の性文化を築いた。伊勢や善光寺、日光など全国的に参詣者で賑わう門前町は自然と私娼の集積地となり、宗教的空間と風俗的空間が同居する独特の景観を形づくった。

さらに「岡湯所」とは、銭湯や湯屋を装いながら実際には売色を提供する施設で、安価かつ手軽に利用できることから、吉原に通う余裕のない庶民にも広く親しまれた。しかし風紀を乱す存在とされ、寛文期や寛政、天保の改革など倹約令の際にはしばしば摘発を受け、移転や廃止を余儀なくされた。それでも完全に消えることはなく、公娼制度の周縁で存続し続けた。

この背景には、都市の人口増加と参詣文化の広がりがある。幕府の統制と現実の生活との間に乖離が生じ、需要に応じて私娼や岡湯所が都市社会に根付いたのである。江戸の風俗は吉原の華麗さだけではなく、日常的な空間に多様な形で存在し、庶民の性文化と経済活動が交錯する場でもあった。