Saturday, January 24, 2026

オトラント城の影──1764年のゴシック文学の誕生

オトラント城の影──1764年のゴシック文学の誕生

ホレス・ウォルポールが一七六四年に発表した『オトラント城』は、イギリス文学史において最初の本格的ゴシック小説とみなされる重要な作品である。当初は「一五〇〇年代にイタリアで書かれた古写本の翻訳」という体裁で出版され、作者が新しい文学ジャンルを正面から提示するのを避けるため、あえて過去の文献を装うという演出を用いた。読者は古文書を読むつもりでこの作品に向き合い、その結果、怪異を含む展開にも一定の説得力が加わったと評価されている。後にウォルポール自身が作者名を明かすと、作品は古典的ロマンスと近代的リアリズムを融合した新しい形式として受け止められ、ゴシック小説の出発点とされるようになった。

舞台は架空の中世イタリア。領主マナフレッドは一族を継がせるため、息子コンラッドとイザベラを結婚させようと準備を進めていた。しかし結婚式当日、城の中庭に突如として巨大な甲冑の兜が落下し、コンラッドを押し潰して即死させてしまう。城の人々はこれを不吉な予兆と捉え、古くから語られてきた正当な血統に城が戻るという予言を思い出すが、当主マナフレッドだけは家名断絶への恐怖に取り憑かれていた。彼は突飛な策として、自らが若いイザベラを妻に迎え、改めて後継ぎをもうけようと企む。イザベラは困惑し、マナフレッドから逃げ出して城内の秘密通路へ逃れ、そこで若者テオドアと出会う。テオドアは正義感ある青年で、彼の存在がやがてマナフレッドの圧政に揺さぶりをかけることになる。

城ではその後も不可解な怪異が続く。兜だけでなく巨大な手袋や鎧の部品が突然現れたり、亡霊のような騎士の影が目撃されたりと、現実離れした現象が立て続けに起こる。これらは城に隠された血統の秘密が表面化しようとする前触れであり、マナフレッドの先祖が奪い取った支配権が本来の継承者へ戻されるべき運命にあることを暗示していた。テオドアの出自もまた物語の核心に関わっており、彼の出生の真実が明らかになるにつれ、怪異の意味が次第に収束していく。物語の終盤では、予言が最終的に成就し、城は正当な血筋へ返還され、マナフレッドは自らの罪とともに退場していく。悲劇と救済が交錯するこの結末は、中世ロマンスと近代的悲劇の要素を併存させた独自の構造として高く評価されている。

作品の魅力は、荒廃した城、地下通路、迫る運命、暴君的な父親、逃れる乙女、薄暗い石造りの部屋に漂う予兆といった、後のゴシック文学に欠かせない図像がすでに鮮明なかたちで提示されている点にある。今日の読者にとっては誇張や劇的な展開がやや古風に映るかもしれないが、当時としては大胆な試みであり、後続の怪奇文学へ広範な影響を及ぼした。物語そのものは短く、一直線の構成で進むため、現代でも比較的読みやすく、ゴシック文学の原型を理解する上で格好の導入書となっている。

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