夢の島・東京湾埋立と公害の記憶 1957年から1971年
夢の島は東京都江東区の東京湾にある人工島で、かつては東京湾埋立14号地と呼ばれ、ごみ最終処分場として利用されていました。1957年から1967年にかけてごみの埋立が進み、当時は清掃工場の処理能力が追いつかず、生ごみを焼却せずにそのまま埋め立てたため腐敗が進行しました。結果、悪臭や害虫、ガス発生、自然発火といった深刻な環境公害が周辺地域で発生し、ハエの天国と呼ばれるほどの被害を生み出しました。
夢の島の歴史は戦前までさかのぼります。1938年に東京市飛行場の建設のため埋立が開始されましたが戦局悪化で中止され、その後終戦後の1947年に海水浴場として利用された時期もありました。しかし高度経済成長期になると都市のごみが急増し、再びこの地がごみ処分場として選ばれました。埋立地は社会問題化し、悪臭や害虫の発生のみならず、1960年代にはハエが風に乗って江東区南西部まで襲来する事態も起き、警察や消防、自衛隊を動員した焦土作戦など公害対策が行われるほどでした。
埋立問題は、ごみ処理施設の不足が背景にあります。焼却施設の整備が遅れたことで、大量の生ごみが未処理のまま埋め立てられ、メタンガスの発生や火災リスクが高まりました。この事例は、戦後東京が抱えた廃棄物処理の難しさと、衛生、環境行政の転換点でもありました。
その後、埋立方式は改善され、焼却後の灰を主に埋め立てる方法に移行しました。1978年には埋立地を公園として整備した夢の島公園が開園し、スポーツ施設や熱帯植物館などが設けられ、かつてのごみ最終処分場の面影を消し、憩いの場となっています。
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