《煙のゆくえ、芯のさき――おがくずと共に歩んだ北星鉛筆の再生譚 -2002年・東京近郊》
2002年、東京近郊。産業と環境が鋭く交差する地点に、小さな鉛筆メーカーの静かな声があった。北星鉛筆株式会社、杉谷社長の語りは、過ぎ去った昭和の面影と、目前に迫る環境の現実を結ぶ回想である。
「かつておがくずは、銭湯の燃料として引っ張りだこだったが、銭湯の衰退により再利用の道が閉ざされた。そのうえダイオキシン禍などにより、周辺住民からは煙を出さないでほしいという声も高まって、自家焼却も難しくなっていました。」
この一言には、時代の裂け目を生き抜いた経営者の知恵と苦悩がにじんでいる。おがくず――それは鉛筆を削る工程で自然に生まれる副産物だった。昭和の頃は、銭湯の薪代わりとして地域に温もりをもたらし、使い道のある「副産物」だった。しかし、平成の半ばを過ぎる頃には、その使い道は一つずつ失われていく。
都市ガスや電気が銭湯の燃料を奪い、さらに1999年に施行されたダイオキシン類対策特別措置法が、煙をあげる行為そのものを規制の対象にした。環境配慮が社会全体に求められる中で、小さな工場が持っていた「燃やす権利」すら、地域社会からの無言の圧力で失われていく。
しかし、それでも杉谷社長は立ち止まらなかった。もはや「燃やす」ことはできない。ならば「活かす」しかない。おがくずを廃棄物にせず、資源へと昇華させる道を模索した。廃棄物と資源のあわいで揺れるこの試みこそ、2000年代初頭における日本の中小企業が直面していた環境との対話である。
煙は、もはや天へ逃がすものではなく、社会が許さぬものとなった。だがその先にこそ、新たな循環の風が吹き始めていた。鉛筆の芯は静かに未来を描きはじめる。あの日、削られた芯のさきに生まれたおがくずは、燃え尽きることなく、また別の命を探していた。
No comments:
Post a Comment