記憶を纏った人形たち――明治はるあきと昭和の残響(昭和40年代〜50年代)
昭和40年代から50年代 日本社会は高度経済成長の波の中で都市化と機械化が加速し 生活の近代化とともに 人々の意識から「明治」という時代が遠ざかろうとしていた。そんな中で 演出家・随筆家の安藤鶴夫は その時代の「におい」や「ことば」 人々の暮らしを演劇としてよみがえらせようとした。彼の代表作のひとつ『明治はるあき』は 単なる懐古趣味にとどまらず 明治の人情や庶民の感性を 舞台上に血の通った人物として描き出す試みであった。
この作品に登場する人物たちは やがて愛知県犬山市の博物館明治村にて人形となって再現された。明治村は 明治時代の建築や文化を保存するために1965年に開かれた野外博物館であり そこに『明治はるあき』の登場人物が「住まう」ことになったのは 演劇が記憶の装置として 文化遺産として保存された稀有な例と言える。人形たちは安藤の舞台演出そのままに 衣裳や表情にまで細かなこだわりをもって仕立てられており そこには演劇がいかに歴史と郷愁に根ざすものであるかが示されていた。
『明治はるあき』が取り上げた明治という時代は 封建制度の崩壊と近代国家への飛躍が交錯する転換期であった。文明開化の華やかさの裏に なお息づく江戸の因習や庶民の風情 職人の手触り。そういったものが失われゆく中で 安藤はそれらの「残響」に光をあてた。それは単なる「昔話」ではなく 過去の中に現代の核心を見出そうとする姿勢だった。
演劇という生の芸能が 博物館という記憶の場に転生すること。それは安藤鶴夫の「舞台とは過去を演じ 現在に訴え 未来に渡す橋である」という信念の現れだった。『明治はるあき』と明治村の人形展示は 日本の近代が失った「人間のかたち」を 静かに しかし確かに現代に伝えている。
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