イギリスのテムズ川再生事業
イギリスのテムズ川は、ロンドンを中心に流れる全長346kmの主要河川ですが、19世紀から20世紀初頭にかけて深刻な汚染に直面しました。特に1858年の「グレート・スティンク(The Great Stink)」と呼ばれる事件では、未処理の下水が大量に川に流れ込み、悪臭が議会にまで届いたため、下水処理の必要性が強く認識される契機となりました。
その後、ジョセフ・バザルジェット設計の下水道システムが1865年に完成し、一時的な改善が見られましたが、20世紀に入ると工業化が進み、化学物質を含む産業排水が汚染の主要因となりました。特に重金属(鉛やカドミウムなど)や有機化合物が川底に蓄積し、水生生物がほとんどいなくなる状態が続きました。
1950年代以降、テムズ川清浄化プロジェクトが始動。主要な取り組みとして、以下が挙げられます:
1. **下水処理施設の整備**:ロンドン近郊のベクスリー(Bexley)やバーキング(Barking)に大規模な下水処理場が建設され、排水の浄化能力が強化されました。
2. **産業排水規制**:1963年に設立された「テムズ川流域委員会(Thames River Authority)」が、企業への規制を強化。特に化学工場に対して、排水基準の遵守を義務付け、違反企業には高額の罰金を科しました。
3. **テムズ・タイドウェイ・トンネル計画**:2014年に着工された全長25kmの下水トンネルで、ロンドン市内の古い排水システムを近代化し、大雨時の未処理排水の流入を防ぐことを目指しています。
これらの取り組みにより、1970年代から水質が劇的に改善。2016年には、サケが再びテムズ川で確認され、現在では125種以上の魚類が生息するまでに回復しています。また、観光産業の発展も著しく、リバークルーズの利用者は年間100万人を超え、沿岸では再開発が進み、高級住宅地や商業施設が立ち並ぶようになりました。
さらに、テムズ川の再生事業は、地球温暖化による水位上昇への対応も含まれています。テムズバリア(Thames Barrier)と呼ばれる可動式防潮堤は、1984年に完成し、ロンドン市街を高潮や洪水から守る役割を果たしています。このシステムは、現在も年間数十回稼働しており、都市防災のモデルとして世界的に評価されています。
このように、テムズ川の再生事業は、環境改善と都市の経済発展の両面で大きな成功を収めており、世界中の水質改善プロジェクトにとって重要な指針となっています。
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