Sunday, June 1, 2025

還るか、燃やすか――揺れるプラスチックの未来 - 1994年8月

還るか、燃やすか――揺れるプラスチックの未来 - 1994年8月

1994年、ゴミ処理が社会問題として台頭する中、焼却・埋立に代わる救世主として登場したのが「生分解性プラスチック」だった。自然界の微生物が分解してくれる――その響きは優しく、美しかった。しかし、技術、経済、そして倫理の前に、それはたやすく普及しない壁に突き当たっていた。

通産省が設置した「生分解性プラスチック実用化検討委員会」。その会議室では、さまざまな立場が交錯する。ある化学メーカーの技術者は言う。「焼却設備が整ってきた中で、生分解は本当に必要なのか?」と。現場の視点では、処理効率とコストがすべてに優先されていた。

対する流通業者は、異なる価値を持ち込む。「"自然に還る"という言葉に、消費者は惹かれるんです」。性能ではなく、感性。焼却の効率よりも、自然への共感が売れる時代が来ると、彼は見ていた。

さらに、学者の声も響く。「分解すればよいという話ではない。生成物の安全性、土壌や水質への影響を精査すべきだ」。科学者の沈着な懸念は、熱気に満ちた議論に一滴の冷水を落とした。

この委員会には、当時話題だったICLの「バイオポール」や、日本の「ビオノーレ」「マターピー」といった名も挙がる。だが、いずれも高価だった。家庭ゴミの袋が1枚10円で売れる時代、環境配慮にどこまで市場が耐えられるのかは見通せなかった。

それでも、「分解するプラスチック」という言葉は、人々の心に火を灯した。都市の燃焼炉と、土中の微生物。効率と倫理、経済と詩情。すべてがこの素材に投影された。

この小さな会議の風景は、やがてISO14000のような国際的な環境管理基準、そして"脱プラ"の時代へと続く道の序章だった。問いはこうだ。「環境にやさしいとは、いったい誰の目から見た"やさしさ"なのか?」と。

燃やすか、還すか。その選択は、今も続いている。

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