Saturday, June 28, 2025

「還るべきかたち――静脈産業の幕開けと循環設計の思想(1998年9月)」

「還るべきかたち――静脈産業の幕開けと循環設計の思想(1998年9月)」

1990年代末、日本は「失われた10年」と呼ばれる経済停滞の中にあった。その一方で、環境問題への関心は確実に社会に浸透しつつあり、「循環型社会」という新たな理念が政策と産業の世界に立ち現れていた。これまでの「作って、使って、捨てる」という直線的な流れから、「再び還す」「また使う」という環の思想へと、社会の構造を変える挑戦が始まっていた。

描かれるのは、その輪を結ぶために不可欠な「静脈産業」という概念である。動脈産業が資源から製品を生み出す血管ならば、静脈産業はそれを回収し、再資源化して再び循環させる流れ――つまり、死にゆくモノたちにもう一度命を吹き込む産業である。ここで鍵を握るのは、廃棄物処理の段階ではなく、そのはるか手前、すなわち「製品設計」の思想にほかならない。

「解体しやすいこと」「素材が再生しやすいこと」「部品が標準化されていること」。これらは単なる技術的な要件ではなく、未来に向けて物語を繋ぐための設計思想であった。製品は工場で終わるのではなく、使用後に再び戻ってくるという想定のもとにデザインされなければならない。インバースマニュファクチャリング、つまり"逆生産"という概念が、すでにカメラやOA機器、重機の世界では導入されていた。

その発想の背景には、「ユーザーは廃棄者であると同時に、次の原料提供者でもある」という循環観がある。こうして生まれた設計思想は、部品の単純化や素材の選別基準にまで及び、グリーン調達という企業の倫理へと姿を変えてゆく。取引先にISO14001の取得を求める例も増え、環境性能が新たな品質基準となりつつあった。

流通業界もその波に乗り、包装紙の削減だけでなく、製品の回収拠点という新たな役割を担うようになる。百貨店協会は環境白書を発表し、「エコライフ」を支える流通の未来像を模索していた。消費者の役割もまた変化してゆく。もはや「買って使って終わり」ではなく、「返し、託し、また巡らせる」存在として意識されていくのだった。

このような循環社会の構想は、今でこそ「サーキュラーエコノミー」という言葉で語られるが、その胎動はすでに1998年の現場にあった。「素材と情報を一体化し、廃棄の未来をあらかじめ設計に組み込む」という視点は、消費社会の倫理を揺るがす問いでもあった。「どのように作るか」が「どのように終わるか」を決め、「どのように終わるか」が「どのように再び始まるか」に繋がっていく。

静脈産業とは、過去の痕跡を未来に変える産業である。そこでは廃棄物が過去ではなく、未来の起点となる。捨てることが終わりではなく、新たな始まりを孕んでいる――そんな物語を可能にする産業こそ、「静脈産業」と呼ぶにふさわしい。

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