神に仕えた女たちの記憶 ― 遊女の起源と芸能の系譜 ―8世紀から平安初期―
遊女の起源は、単なる性の提供者ではなく、神聖な芸能者としての側面に端を発する。『万葉集』に登場する「遊行女婦(あそびめ)」は、貴族の宴席に招かれ、歌や舞を披露する存在であり、「うかれめ」とも呼ばれていた。彼女たちは軽やかに各地を巡り、信仰と娯楽の橋渡し役として機能していた。
その起源はさらに古代神話にさかのぼり、『古事記』に記された天宇受売命(あめのうずめのみこと)に象徴される。岩戸隠れの神話で、天照大神を引き出すために舞を踊る場面は、芸能の神聖さと性の象徴性を併せ持つ。この女神を祖とする巫女的存在「遊部(あそびべ)」は、天皇の殯宮における儀礼で舞や歌を捧げた女性たちであり、後に部曲制度の廃止とともに遊行女婦へと変化していった。
当時の奈良~平安初期の貴族社会は、一夫多妻制が一般的で、性や愛人関係に寛容だった。そのため、遊行女婦が貴族の現地妻となることも珍しくなかった。彼女たちは娼婦ではなく、文化と宗教の担い手であり、貨幣による交換ではなく、精神的・社会的な結びつきに根ざした関係を築いていたのである。後の吉原とは全く異なる、神聖さを宿した存在だった。
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