Saturday, September 19, 2026

土の記憶を歩く 北平遺跡とセブリバ 縄文時代-2005年

朝田翁がセブリバと指した地点の周辺にある北平遺跡は、伝承を考古学的に確かめる手掛かりとして扱われている。狭いテラス状の土地からは、縄文期の剥片鏃や土器片、弥生後期の土器、さらに奈良、平安、室町期の陶器類まで表面採集され、人の営みが長期間続いた場所だったことが示される。図には石器、土器、須恵器、陶器が並び、著者は過去の踏査で採集した遺物も含めて検討している。一方、朝田翁が示したセブリバ地点そのものは農地化され、発掘調査は行われていないため、北平遺跡の遺物がそのままサンカの生活を証明するわけではない。聞き取りと現地踏査を結び付け、漂泊生活の痕跡を慎重に検証しようとしている。 なお、ウェブ上には岡山県久米郡美咲町の同名の北平遺跡が登録されているが、こちらは弥生中期の散布地とされており、本文中の北平遺跡と同一地点であることは確認できない。名称だけで結び付けない方が安全である。

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