Thursday, April 9, 2026

農薬や化学肥料を使わずに有機肥料で栽培したオーガニック製品が市場を拡大しています。

農薬や化学肥料を使わずに有機肥料で栽培したオーガニック製品が市場を拡大しています。 なかでも脚光を浴びているのがオーガニックコットン(無農薬栽培綿)で、現在の推定年間市場規模は約1兆円です。 価格は原綿の段階で通常コットンの約2倍と割高になりますが、栽培から縫製に至るまで農薬や化学薬品の使用を極力抑えた環境負荷の低い製品として、市場が広がっています。 今回紹介する(株)アバンティはオーガニックコットンを扱って8年になる専門商社で、日本におけるオーガニックコットン輸入の草分けでもあります。 同社の渡辺智恵子社長にお話を伺いました。 ●オーガニックコットンとの出会い 渡辺さんが(株)アバンティを設立したのは1985年です。 生活雑貨全般の輸入を手掛ける中で、90年にオーガニックコットンに出会いました。 「知人から日本への輸入を頼まれ、軽い気持ちで引き受けたのがきっかけです。 それまでコットンというとナチュラルなイメージがありましたので、有機栽培のコットンというものがあると知って興味を持ちました」。 さっそく米国から生地の輸入を開始しましたが、当初は年間で数百万円の売上げにしかなりませんでした。 「当時はオーガニックコットンと言っても日本では誰も知らない状態で、情報も全くありませんでした。 思い切ってオーガニックコットン最大産地であるテキサスを訪ねました」。 テキサスでは、オーガニックコットンの生産から流通までを見学しました。 テキサス州はもともと綿花の一大産地で、オーガニックコットンについても89年には州農務省が独自の基準を作るなど、戦略的な取り組みで知られています。 摘み取りの際に枯れ葉剤を使わない、天敵による害虫駆除、テキサスに多い牛のふんを有機肥料に利用する、縫製に至る全段階で化学物質の使用を極力抑えるなど、さまざまな工夫がなされていました。 さらに、生産量の水増しや農薬の使用などの不正を防ぐ管理体制も、生産から流通に至るまで州農務省によってきちんと整備されていました。 「何より、コットンの栽培農家の人々との出会いに感銘を受けました」。 というのも、彼らのほとんどがクリスチャンで、今耕している農地を健康な状態で次の世代に、そしてゆくゆくは神に返すことを使命と考えています。 有機栽培が彼らの宗教観となっており、自らも北海道の農家の出身である渡辺さんは彼らの自然観に共鳴し、オーガニックコットンをライフワークとすることを決意しました。 日本に戻り、オーガニックコットン専門商社となるための準備を始めました。 93年にはテキサス州に現地法人「KatanHouse」を設立し、同州農務省からオーガニックコットン取り扱いの認定を受けました。 ●2月から自社ブランドの販売をスタート こうして原綿を輸入して加工できることになりましたが、まったくニーズのないところからのスタートであり、だからこそ協力してくれる企業を探すのが大変でした。 オーガニックコットンは化学薬品を使わないため通常と異なる工程が必要になるので、紡績や繊維、縫製メーカーなどにもオーガニックコットンへの深い理解が必要です。 それでも色々な製造メーカーを回り、8社がオーガニックコットン製品の製造に協力してくれることになりました。 また、こうした過程で、繊維についてはまったくの素人だった渡辺さんも、専門用語に始まり繊維全般について学んでいったとのことです。 93年には前述の8社にアバンティを加えた9社で「日本/テキサスオーガニックコットン協会」を設立し、テキサスに視察に行くところまでこぎつけました。 素材供給のレートを確立し、ベビー服や子供服、寝具などへの採用が増えてきて、95年ごろにはいよいよワコールやワールドなどの大手アパレルメーカーでの採用が決まりつつありました。 ところが阪神大震災が起こったことで、これら関西を本拠地とするメーカーでのオーガニックコットン採用が見送られることになってしまいました。 「仕方のないこととはいえ、ようやく軌道に乗りつつあった矢先でしたので、これは痛かったです」。 しかし、これを機に原綿提供だけでなく、自社ブランドによる最終製品まで作ることを決意しました。 「オーガニックだから高くても当然、という売り方ではなくて、素敵だから買ってみたらオーガニックだったというふうにならなくては普及しません。 そのためには、野暮ったさのあるデザインを変えていくことが必要です」。 オーガニックコットンの糸で刺繍をしたエンブロイダリーレースを取り入れるなどの工夫を重ね、洗練されたデザインを開発してきました。 「原綿を日本で加工することで、高度な縫製技術を活かすと同時に、繊維産業界が環境保全製品について考えるきっかけになれば」と、生地製造、デザイン、縫製ともほぼ100%国内で行っています。 98年2月下旬には、ついに自社ブランド「プリスティン」を発表しました。 まずは銀座の松屋デパートから販売をスタート。 その他にもいくつかの展開が決まっています。 「8年間オーガニックコットンに関わってきて、まずは繊維メーカーに生地作りを働きかけ、次にアパレルメーカーに使用をお願いし、そしてついに流通業界から『置かせてほしい』と言ってもらえる段階に来たということでしょうか」。 自社ブランドの販売によって、98年は前年比50%増の売上げを見込んでいます。 「オーガニックコットンとの出会いは、渡辺さんにとって第二の人生のスタートだったという。 『今後も普及活動を続け、将来的には、オーガニックコットンがごく当たり前の素材となればと考えています』」。

No comments:

Post a Comment