Sunday, June 29, 2025

「生ごみの“地産地消”を目指す ― 東村山市の挑戦」―1998年9月

「生ごみの"地産地消"を目指す ― 東村山市の挑戦」―1998年9月

1990年代末、日本各地で「循環型社会」という理念が語られはじめ、廃棄物処理の在り方が大きく見直されていた時期に、東京都東村山市は先進的な試みに着手していた。都市化が進む東京圏において、同市が試みたのは、学校給食の残飯や家庭の生ごみを堆肥化し、市内の農家がそれを用いて野菜を育てるという、"都市型の地産地消"循環モデルである。

当時、生ごみの焼却処理は全国の自治体にとって深刻な問題だった。生ごみは水分を多く含むため、燃焼効率が悪く、焼却炉の負担を増大させていた。加えて、1997年のダイオキシン類対策特別措置法の整備により、焼却炉の高性能化が求められるようになり、多くの自治体がコストのかかる炉の更新に直面していた。そのような背景のもと、焼却以外の処理法として堆肥化が注目されていた。

東村山市の取り組みは、ただの「リサイクル」にとどまらない。まず、学校で出る残飯を対象にしたのは、教育との接点をつくるためだった。生徒たちは給食の残りがどうなるのかを学び、堆肥化の過程を知り、自分たちが育てた野菜を再び給食として食べるという循環に参加する。ここには環境教育と実体験の結合が意図されていた。

堆肥化に用いられたのは、高速発酵処理機「バイオランナー」。微生物の力を活用し、短時間で安全な堆肥を生成できる機器である。この機器は市がリース導入し、マンション団地などにも設置された。生ごみを「処分すべきごみ」から「地域資源」へと転換する考え方は、当時としてはまだ新しかったが、着実に支持を広げていった。

そして、この堆肥は市内の農家が野菜栽培に活用。都市農業の新たな価値がそこに生まれた。都市農家にとっても、有機資源の供給源を近隣に持つことはコストや品質管理の面で有利であり、「地域循環型農業」という構想に現実味が帯びた。

市民、教育機関、農業者、そして行政が連携するこのモデルは、まさに1990年代後半の日本社会が模索していた「環境と経済の両立」のひとつの解答であった。大量消費・大量廃棄の時代から、資源を地域で回し、教育・農業・行政をつなぐ——この小さな都市での試みは、のちの循環型社会の先駆けとなる意義深い実践だった。

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