Thursday, January 1, 2026

戦後の言葉を疑う 江藤淳と戦後精神史の分岐点 一九五〇年代から一九七〇年代

戦後の言葉を疑う 江藤淳と戦後精神史の分岐点 一九五〇年代から一九七〇年代
江藤淳は、戦後日本文学の内部から、戦後そのものの前提を問い直そうとした批評家である。敗戦後の日本が選び取った民主主義や平和、進歩といった理念が、いつ、どのように固定化され、思考停止の装置へ変わっていったのかを、文学の現場から検証しようとした。

一九五〇年代、日本は占領期を終えて主権を回復するが、精神の自立は宙づりのままだった。占領期の検閲を通過するために調整された言葉は、やがて自己検閲として内面化される。江藤は、戦後文学が反戦や民主主義を掲げながら、戦前との断絶と連続を十分に総括していない点に強い違和感を抱いた。

一九六〇年代、安保闘争と高度経済成長が同時に進行し、進歩的言説は疑われない正しさとして共有される。江藤は、特定の政治立場ではなく、価値が無批判に流通する状況そのものを問題にした。戦後文学が倫理的優位に立つことで、戦争責任の問いが形式化される逆説を彼は突いた。

成熟と喪失に代表される江藤の仕事は、戦前を全面否定することで成立した戦後精神の自己否定構造を明らかにする。過去を引き受けず理念だけを借用する軽さに、彼は危険を見たのである。

一九七〇年代以降、戦後民主主義が空洞化するなかで、江藤は占領期検閲の実証研究へ向かった。戦後を否定するためではなく、戦後の言葉が成立した条件を問い直す姿勢は、現在にも通じる批評的緊張を保っている。

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