家電リサイクルは自治体限界への応答だった 1990年代半ば
1990年代半ば、日本の自治体は廃家電処理の限界に直面していた。テレビや冷蔵庫など耐久消費財の更新期が重なり、大型で複合素材を含む廃家電が急増したためである。焼却や埋立に適さない廃家電は処理コストを押し上げ、不法投棄も社会問題化した。最終処分場の逼迫と財政負担の増大により、自治体単独での対応は困難となる。こうした状況を受け、家電業界は製造と販売が連携した回収処理システムの構築に踏み出した。対象をテレビや冷蔵庫に限定せず、洗濯機やエアコンまで含め、年間約六十万トンの八割をカバーする構想は、流通網と処理業者を結び実効性を高める狙いだった。この動きは、廃棄の責任を製造者側へ拡張する発想の転換を示し、自治体の限界への現実的な応答として、後の家電リサイクル法制定へと�
�ながる重要な前段となった。
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