Friday, January 2, 2026

静かな規範のゆらぎ 志賀直哉と近代日本の倫理感覚 一九一〇年代から一九四〇年代

静かな規範のゆらぎ 志賀直哉と近代日本の倫理感覚 一九一〇年代から一九四〇年代
志賀直哉は、日本近代文学において完成された個人を体現した作家とされるが、その文学は近代日本の倫理が静かに揺らぐ過程を映し出している。

大正期から昭和初期、日本は近代化を進めながらも家制度や封建的道徳を保持していた。志賀の作品に繰り返し現れる父との対立や良心に基づく自己判断は、国家や共同体よりも個人の内的倫理を優先する態度として当時は先鋭的だった。

『和解』に代表される主題は、近代的自我が旧来の権威とどう折り合いをつけるかという社会的課題を内包している。志賀は革命的断絶ではなく、自己の良心に従う姿を描き、正しさを国家や伝統から切り離した。

一九三〇年代、軍国主義が強まるなかで、志賀は前面に出た批判を行わなかったが、内面の誠実さを描き続けた点に時代との緊張がある。彼の簡潔な文体は、スローガン的言語を拒み、個人の感覚にとどまった。

志賀直哉の文学は、戦前日本の内部で個人倫理が成立しえた可能性と限界を示す記録であり、近代がまだ信じられていた最後の地点を示している。

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