Wednesday, February 18, 2026

墨の匂いと灰の道 江戸 1603年から1868年

墨の匂いと灰の道 江戸 1603年から1868年

江戸時代の再利用は、倹約の美徳というより、都市の維持に必要な仕組みとして生活の中へ組み込まれていました。紙や灰、金属といったものは捨てる前に価値を持ち、屑買いが町を巡って回収し、問屋や職人の手を経て再び材料へ戻っていきます。屑屋や屑買いは紙や金属、古布などを買い集め、修理職人や再生の担い手が、壊れた鍋や瀬戸物、桶や樽、刃物まで直しながら使い切る文化を支えました。壊れたら終わりではなく、直して伸ばし、最後は素材として回収される流れが、町の経済として回っていたのです。

この循環の背骨にあったのが、下肥と灰の利活用です。江戸では都市から出るし尿や灰が有価物として農村に引き取られ、肥料として田畑に戻り、そこで育った米や野菜が再び江戸へ供給される循環が成立していました。都市は汚れをただ外へ捨てるのではなく、周辺農村との役割分担の中で物質を回し、衛生的にも比較的清潔を保ったと説明されています。下肥や灰が都市住民の財源にさえなったという指摘は、再利用が道徳ではなく生活と家計の現実だったことを示します。

再利用は、回収だけでなく、修繕と再販売を含む一連の産業でした。修理を担う職人がいるから物は長く使われ、回収品の質も保たれます。修理と回収が連動することで廃棄物は減り、資源は町の外へ流出しにくくなります。江戸の社会は夜土や灰の回収利用に加え、紙くずや古着、桶や傘などの回収と再利用を多層的に成立させていました。

限られた資源を徹底的に活かす方向へ、流通と職能と生活習慣が組み合わさっていた。下肥の回収と農村への供給は制度としても経済としても回り、結果として都市と農村を結ぶ循環の回路になりました。こうした仕組みは、現代の循環型社会を語るときの参照点となっています。

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