Sunday, January 11, 2026

工場がひらく窓 徳島県ニューファクトリー構想の季節 1990年代半ば

工場がひらく窓 徳島県ニューファクトリー構想の季節 1990年代半ば

1990年代半ば、徳島県が打ち出したニューファクトリー構想は、工場と地域社会の関係を根本から見直そうとする試みだった。高度経済成長期以来、工場は雇用と税収をもたらす存在である一方、公害や景観悪化、住民との対立を生む存在でもあった。1970年代以降、公害規制は整備されたが、環境対策はなお企業活動に付随する負担として扱われがちだった。バブル崩壊後、地方自治体は従来型の企業誘致が難しくなる中で、環境配慮を前提とした新しい工場像を模索する必要に迫られていた。ニューファクトリー構想は、環境対策を後付けの義務ではなく、工場設計の前提条件として位置づけ、公害防除施設や環境管理設備を当然の要素として組み込んだ点に特徴がある。さらに、地域住民が見学できる施設を併設し、工場内部を公�
��することで、管理のあり方を可視化し、地域との信頼関係を築こうとした。当時、環境基本法の制定などを背景に、企業には説明責任と透明性が求められ始めており、この構想はその要請に応える地方発の実践でもあった。工場が閉ざされた存在から、地域に開かれた学びと共存の場へ変わろうとする姿勢は、1990年代半ばの過渡期における産業と環境の関係転換を象徴している。

No comments:

Post a Comment