舞い踊る神、天を照らす笑い ― アメノウズメと天岩戸の伝説
アメノウズメ(天宇受売命、天鈿女命)は、日本神話に登場する女神であり、芸能・舞踊・神楽の祖とされる。『古事記』や『日本書紀』において、彼女は天岩戸神話において世界を救う役割を果たし、舞と笑いの力が神々をも動かすことを示した。
アメノウズメが活躍する天岩戸神話は、天照大神(アマテラス)と須佐之男命(スサノオ)の対立から生じた。アマテラスとスサノオは兄妹であり、父はイザナギ命(伊邪那岐命)であった。黄泉の国から戻ったイザナギが禊を行った際、左目を洗ったときに生まれたのがアマテラス、鼻を洗ったときに生まれたのがスサノオである。イザナギは彼らにそれぞれの役割を定め、アマテラスは高天原を、スサノオは海原を統治するよう命じた。しかし、スサノオはこの命を拒み、母であるイザナミ命(伊邪那美命)のいる黄泉の国へ行きたいと望んだため、父の怒りを買い、ついには追放されることとなる。
スサノオは高天原を去る前に姉であるアマテラスに別れを告げるために訪れた。しかし、彼の突然の訪問を不審に思ったアマテラスは、スサノオが国を奪いに来たのではないかと疑った。そこで二神は誓約(うけい)を行い、スサノオが清い心を持つかどうかを確かめることとなった。誓約の結果、アマテラスの持ち物から生まれた神々は女性であり、スサノオの持ち物から生まれた神々は男性であったことから、スサノオは自らの潔白を証明できたと考え、歓喜して暴れ始めた。田を踏み荒らし、神殿を汚し、さらにアマテラスが神衣を織る機織り小屋に馬の皮を投げ込み、驚いた織女が機織り機の梭(ひ)で自らを傷つけて亡くなった。この行為に深く傷ついたアマテラスは、天岩戸に閉じこもり、世界は光を失い、暗闇に包まれ
た。
世界が闇に閉ざされ、作物は枯れ、悪霊が跋扈するようになると、困った八百万の神々は天安河原に集まり、天照大神を岩戸から出すための策を練った。思金神(おもいかねのかみ)が知恵を絞り、イシコリドメが八咫鏡(やたのかがみ)を作り、玉祖命が美しい勾玉を用意した。そして、神々は最後の決め手として、アメノウズメに舞を踊らせることを決定する。
アメノウズメは桶の上に立ち、天香具山の蔓草と木の葉を手にし、神がかりの舞を始めた。彼女は衣を乱し、胸を露わにし、裳を腰まで押し下げると、神々は大笑いした。彼女の踊りは神々に笑いをもたらし、場の空気を和らげた。賑やかな笑い声と歓声が響くと、岩戸の奥に隠れていた天照大神は、「なぜ外がこんなに楽しげなのか」と不思議に思い、そっと岩戸の隙間から外を覗いた。すると、その瞬間、神々は八咫鏡を天照大神の前にかざし、彼女の姿を映し出した。驚いた天照大神がさらに身を乗り出したとき、天手力男命が岩戸をこじ開け、天照大神を外へ引き出した。こうして、世界に光が戻り、秩序が回復した。
現在もアメノウズメは日本の芸能や神楽の守護神として崇敬され、舞踊・演劇・音楽関係者の信仰を集めている。彼女の存在は、日本の芸能文化の源流であり、笑いや舞が持つ神秘的な力を象徴している。
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