Friday, January 2, 2026

お雇い外国人 松前で出会った漂流水夫たち――嘉永年間 外人ラナルドマクドナルドの見た差別と処遇(嘉永年間)

お雇い外国人 松前で出会った漂流水夫たち――嘉永年間 外人ラナルドマクドナルドの見た差別と処遇(嘉永年間)

嘉永年間の日本では、異国人は一様に扱われていたわけではなかった。松前に移送された外人ラナルドマクドナルドは、そこで自分とは別に漂流した米国水夫十五名の存在を知る。彼らは集団で拘束され、粗暴な態度や意思疎通の困難さから、日本側にとって管理しにくい存在と見なされていた。その結果、当初の保護的な扱いは次第に失われ、監視は強まり、生活環境も悪化し、病死や自殺者まで出る深刻な状況に陥った。一方、マクドナルドの処遇は比較的穏やかであった。彼は単独行動で、礼儀を保ち、日本語や英語による意思疎通が可能であり、通詞との関係も築いていた。語学能力と態度は、日本側にとって理解可能で扱える存在であることの証となり、危険視の度合いを下げたのである。この対比は、鎖国日本が単純な排
外主義社会ではなく、異国人の中にも序列と選別が存在していたことを示している。異国人であること自体ではなく、言葉と態度、関係を結べるかどうかが運命を左右していた現実を、マクドナルドは松前で痛切に目撃したのである。

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