お雇い外国人 檻の中から英語が来た――嘉永年間 外人ラナルドマクドナルド幽囚から教師へ(嘉永年間)
嘉永年間の日本は、鎖国体制を保ちながらも、異国船来航の増加によって言語と知識の不足を痛感し始めていた。外人ラナルドマクドナルドは、本来は通訳職を志して来日したが、漂着直後に長崎奉行所の管理下に置かれ、自由を奪われた幽囚者となる。囚人でも賓客でもない曖昧な立場に置かれた彼の存在は、日本側にとって扱いに困るものであった。しかし通詞森山栄之助は、英語能力の欠如が将来の外交に致命的となることを見抜き、幽囚中のマクドナルドに英語教育を依頼する。こうして彼は正式なお雇い外国人ではないまま、通詞たちに発音や会話を教え、日本初のアメリカ人英語教師となった。拘束という不自由な環境は、逆に生きた知識が制度外で移転される場となり、個人の判断と現場の必要が近代日本への扉を静か
に開く契機となった。
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