Tuesday, September 16, 2025

上原敏 ― 道中唄に散った青春の声(昭和12年~昭和19年)

上原敏 ― 道中唄に散った青春の声(昭和12年~昭和19年)

秋田県大館市に生まれた上原敏は、専修大学で野球部の投手として活躍し、卒業後は社会人野球の道を歩んだが、やがて歌謡界へ転身した。昭和十二年に発表された「妻恋道中」は、当初東海林太郎が歌う予定であったが急遽上原に回り、発売されるや四十万枚を超える大ヒットとなった。浪曲の小節を取り入れた庶民的な唱法は人々に強く支持され、クラシック声楽的な東海林よりも親しみやすく、瞬く間にスターダムへと駆け上がった。「妻恋道中」は旅情や義理人情を描く道中ものの代表作で、昭和前期の大衆が求めた人情世界を歌い上げ、当時の人々の心をつかんだ。時代の流れは急速に戦争へと傾き、日中戦争から太平洋戦争へと拡大するなかで芸能人も出征を余儀なくされる。人気絶頂の上原も召集され、フィリピン戦線
に送られた。昭和十九年、銃後に響くはずの歌声は戦火に呑まれ、三十三歳で非業の死を遂げた。もし生きていれば戦後歌謡の中心人物となったであろうと評され、彼の夭折は昭和歌謡史における失われた可能性として惜しまれ続けている。

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