「京の影に抗う者 ― 図越利一と会津小鉄会の時代」―1970年代前半〜1980年代
図越利一は、京都に本拠を置く会津小鉄会の三代目会長である。明治創設の古参組織である会津小鉄会は、山口組による全国制覇の動きが加速する中、独自の立場を保とうとした数少ない勢力の一つだった。図越が会長に就いたのは1970年代初頭で、当時、二代目山口組・田岡一雄の下で勢力拡大が進行していた。関西一円で山口組の影が濃くなる中、図越は山口組と一定の距離を保ち、非山口組系の勢力との連携を模索しつつ、京都の地場産業や政界と結びつきを持ち、地元密着型の任侠組織として活動を続けた。
しかし、時代は彼に容赦なく牙をむいた。警察の取締り強化や組織内部の路線対立などが表面化し、図越はやがて表舞台から退く。後を継いだのは高山登久太郎であるが、その後、組織は分裂と抗争の渦に巻き込まれることとなる。図越は山口組一強時代に抗した静かな象徴であり、彼の時代は、任侠の誇りと孤高を刻んだひとつの断章として、今も裏社会の記憶に刻まれている。
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