千葉県の環境課題―手賀沼・印旛沼の苦闘と再生への模索 2001年
2001年前後の千葉県は、東京湾の干潟・三番瀬の埋立撤回が象徴するように、環境保全への大きな転換点に立っていた。同時に、内陸部の湖沼環境も深刻な問題を抱えていた。手賀沼と印旛沼は、いずれも水質汚濁が全国ワースト1、2位とされ、長らく「日本一汚い湖沼」との不名誉な呼称を受けていた。背景には、高度経済成長期以来の都市化と宅地開発、生活排水や農業排水の流入があり、富栄養化によるアオコ発生、悪臭、漁業不振といった問題が顕著化していた。
手賀沼では1970年代から下水道整備や導水事業による改善が試みられたが、周辺人口増加に追いつかず、1990年代も依然としてCOD(化学的酸素要求量)は高止まりしていた。印旛沼もまた、利根川水系の調整池として役割を担う一方、農地造成や都市排水の影響で水質は悪化し続け、周辺住民の生活環境や観光資源としての価値を損ねていた。
こうした状況を受け、堂本暁子知事の下で千葉県は2001年10月、環境保全と回復に使途を限定した基金を新設する方針を打ち出した。財政的には2000年度末時点で1兆9000億円もの地方債残高を抱えており、県財政は逼迫していたが、それでも市町村や民間、県民から広く寄付を募り、翌年度から事業財源に充てる計画が進められた。
この取り組みは、従来の公共事業中心の開発政策から、地域住民や民間の協力を得て自然環境を再生する方向へと舵を切った象徴的な出来事であった。手賀沼・印旛沼の再生は容易ではなかったが、三番瀬と並んで「自然を壊す時代から、再生する時代へ」という21世紀初頭の千葉県の環境政策の転換を示す試金石となった。
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