土木から土へ──有機農業に挑んだ企業たち(2006年頃)
二〇〇〇年代初め、日本の地方の建設業は公共事業削減の波にさらされ、売上や受注が不安定になる中で経営の岐路に立たされていた。そうした状況を背景に、地方建設会社が既存の技術と人的資源を生かしつつ、農業という地域資源と接点を持つ新分野へ舵を切る事例が現れ始めた。特に「堆肥づくり」「循環型農業」「地域との共生」というキーワードを軸に、農家との交流や学び合いを重ねながら試行錯誤を続けた企業たちの挑戦には、人間味ある会話風景が想像される。
愛媛県松山市の金亀建設(後の愛亀グループ)は、舗装工事主体の建設会社だったが、平成十二年(2000年)に農業生産法人「あぐり」を設立し、地域の耕作放棄地を借り、無農薬・無化学肥料の稲作や野菜づくりを始めた。地元農家との関係構築、食品残渣の堆肥化、生活廃棄物や建設副産物を肥料資源に変える試みなどを通じて「土づくり」を重視した運営を行った。あぐりは「遊休水田を預かる」「有機栽培を約束する」という条件付きで土地を借り受け、高齢農家の休耕田対策にも資する役割を担った。
この取り組みには、建設部門の従業員を生かして稲作・野菜栽培を行うという雇用の流用性もあった。公共工事が少ない閑散期には、建設技術者が農地管理や圃場整備に回ることで、社員の雇用をまもりつつ、技術の継続も図ったという発想である。
岩手県山形村の蒲野建設は、地元で閉鎖した肥料工場を買収し、牛ふんや広葉樹の樹皮から堆肥を製造。二〇〇三年からは自社堆肥を活用してホウレンソウを低農薬で栽培し、翌年には関連会社を農業法人へ転換。「アグリがまの」ブランドで首都圏へ出荷を始めた。初期投資は二億円以上にのぼったが、堆肥と作物の販売で年間一億五千万円を稼ぐまでに成長した。農家から「土づくりの大切さ」を教え込まれ、学び合いながら事業を形にしていく姿は、現場の対話と挑戦の積み重ねそのものだった。
北海道遠別町の北浜建設も同様に、酪農地帯の副産物である牛ふんや漁協の魚かすを堆肥化し、二〇〇二年に農業法人アリタを設立。NPOの指導を受けて有機栽培のカボチャと大豆を手がけ、札幌の百貨店で高い評価を得た。だが本業の建設業は銀行融資を得られず二〇〇三年に廃業、完全に農業専業へ転じることとなった。カボチャは有機JAS認証を取得し、「地元資源を活かした循環型農業」という物語を消費者に訴えた。
三つの事例に共通するのは、公共事業依存から脱却を迫られた建設会社が、堆肥づくりを核に農業へ舵を切った点だ。そこには、農家の知恵に耳を傾ける「学び」の姿勢と、地域資源を循環させる「環境貢献」の意思が交差する。現場で交わされた「この堆肥なら根が強くなる」「収穫はまだ先だが土は応えてくれる」といった声が、事業を支える人間味を帯びた会話として想像できる。二〇〇六年当時の有機農業ブームと食の安全志向を背景に、こうした企業の奮闘は、地方再生の小さな灯火となっていた。
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