1 幻滅
20世紀は、3つの壮大な物語の衝突であった。
ファシズム、共産主義、そして自由主義の物語である。
21世紀の時点で生き残ったのは、自由主義であると言われるが、この自由主義の物語も、2008年のグローバルな金融危機以降、世界の人々の幻滅を被っている。
現状のところ、自由主義に代わる物語は見当たらないが、人類の実存的危機に対して、自由主義は何らかの有効な答えを持っていない。
実存危機とは、核戦争、地球規模での環境破壊、そして技術的破壊である。
このうち、核戦争と地球規模での環境について、ナショナリズムを基調とした、狭い意味での個人の自由主義では問題が解決できない。
人間が、狭い自己の定義からいかに脱することができるかが、ポイントになる。
最後の技術的破壊について、人間の自由そのものが外側からではなく、内側から崩れる可能性がある。
アルゴリズムが私達より私達のことをよく知り、重要な決定を下すようになれば、個人が悪戦苦闘して、道徳的に正しい選択をするという自由主義の物語は瓦解する可能性がある。
この章では、2008年以降のグローバルな金融危機以降の、自由主義への幻滅を紹介することで、本書全体の概要を示しています。
本書では、移民やテロなどの章もありますが、総じて2つの課題を取り上げています。
人類の実存的危機と、存在意義の消失です。
実存的危機は、産業革命後に生じたものよりも深刻だとし、さらに21世紀固有の問題として存在意義の消失を挙げています。
20世紀は、自由主義、ファシズム(全体主義)、共産主義の3つの物語の相克であり、現在は自由主義が生き残った唯一の物語です。
1990年代の終わりには、共産主義圏のソ連の崩壊もあり、思考家も政治家も一様に、「歴史の終わり」が到来したかのように考えました。
ですが、自由主義は、また新たな脅威と幻滅に直面している。
著者は次のように述べています。
だが、歴史は終わらず、フランツ・フェルディナントの危機と、ヒトラーの危機と、チェ・ゲバラの危機に続いて、私たちはドナルド・トランプの危機を迎えている。
トランプの危機を考えずとも、自由主義は現在の人類の実存的危機である、核戦争、生態系の破壊、技術的破壊に対する答えを持っていない。
自由主義は、その主要なサブミッションとして、資本主義下での経済成長を目指したが、これは生態系の破壊を解決しない。現在の経済成長のモデルが生態系の破壊の原因になっているからだ。
さらに、技術的破壊は、ITとバイオテクノロジーによる革命によってもたらされるが、これは人間を搾取の対象ではなく、存在意義の喪失というより深刻な状況に置く可能性がある。
2 雇用
著者は、機械学習を始めとするAIが現状を根本から変える理由を挙げている。
人間には身体的な能力と認知的な能力である。
過去の産業革命では、機械が身体的な能力を置き換えたが、今回は認知的な能力をAIが置き換えることになり、認知的な能力は身体的な能力より大きな影響を及ぼす。
ここでは、認知的な能力は他者についての直観も含まれる。
つまり、他者の欲望や情動を正しく予測する能力である。
さらに、AIが現状の人間が提供しているサービスをより安価に提供できる性質が2つある。
接続性と更新可能性だ。
医師を例にとると、AIドクターは知識の更新を一斉に行うことができる。
その結果、AI医師は何十億もの人に、これまでよりもはるかに優れた医療を提供できるようにある。
このとき、守るべきものは人間か、人間の職なのか、という議論に対しては、半ば答えが出ているようである。
2050年頃には、AIは人間の雇用を奪っている可能性が高い。
つまり、「終身雇用」という考え方ばかりではなく、「一生の仕事」というコンセプトも、人間によって意味が無くなるかも知れない。
バイオテクノロジーとITがもたらす革命は、蒸気機関や鉄道や電気がもたらした革命より、おそらくはるかに大きい。
AIによる自動化により、資本主義が根幹から瓦解し、人間が消費者とも生産者としても必要とされなくなる時代が来るかも知れない。
自動化によって、資本主義の根幹が揺らいでいるという。
これは、資本主義の労働形態と関係している。
人工知能は、他者に対する直観においても人間を凌ぐが、さらに重要な特徴が2つある。
接続性と更新可能性だ。
この2つは、人間にはない特徴だ。
人間は個別に肉体を持っているので、互いに接続したり、全員を同時に最新状態に更新したりできない。
AIにはそれが可能で、これによりAIの統合ネットワークは、個としての人間の能力を凌駕する可能性は高い。
たとえば自動車の運転では、人間は交通規則を必ずしも熟知しているわけでもなく、他のドライバーの意図を完全にくみ取れるわけではない。
また、医療の分野では、WHOが新しい疫病を開発したり、研究所が新薬を開発したとしても、こうした進展を世界中の医師全員が瞬時に知ることはできない。
人工知能の場合、こうしたことはなくなる。
さらに、沢山の患者の状態を一人の人間が同時にモニタすることは難しいが、人工知能の場合、ある程度それが可能だ。
このような人工知能によって、情報処理と認知を主なタスクをする人間の仕事は取って変わられる可能性が高い。
人工知能が、グローバルな産業化に影響を与えることによって、事態はさらに複雑になる。
人工知能が人間の職を奪う事に対処するために、普遍的で最低限な生活保障というコンセプトが打ち出されている。
しかし、保証をするのはあくまで国家のレベルであり、人工知能の影響がグローバルに及ぶとどうなるか。
例えば、途上国の非熟練労働者のの仕事を、3Dプリンターが代替する場合である。
現在、バングラデシュでは、アメリカ人向けのTシャツを製造している。
インドのバンガロールでは、コールセンターで、アメリカの消費者の苦情を処理して生活している人がいる。
これらの仕事を人工知能が代替する場合、富はカリフォルニアなどに拠点を置く巨大IT企業に流れることにならないだろうか?
その場合に生じる格差を、アメリカ人が税金で補償するという状況は、どう考えても想像しにくい。
3 自由
ITとバイオテクノロジーがもたらす革命は、自由意志という、近代を支えてきた幻想を崩しつつある。
自由主義は、個人がどう考えるか、もしくは個人がどう感じるかという、感情や情動を元にしている。
科学の進歩に伴い、この感情や情動も、個体の計算に過ぎないことが分かってきている。
となれば、バイオメトリックセンサーと機械学習により、よりよい計算が出来れば、それに従った方が合理的な意思決定ができるということになりかねない。
つまり、人生の重要な決断はAIが行うことになる。
そもそも自由意志というのは幻想であり、結婚や就職についての決断をAIを行うようになれば、近代を支えてきた自由に感じ、考え、決断するという個人の概念は瓦解する。
問題が倫理的なものであっても、統計的にみれば、アルゴリズムの方が人間より良い判断をするとすれば、私達はアルゴリズムに倫理的な判断をゆだねるかもしれない。
また、独裁政治とアルゴリズムによる統治が融合すれば、かつてないディストピアが出現する可能性がある。
吉報があるとすれば、AIが意識は宿らない、という点だ。
私達は、意識や心を探求して、AIより先に自分が何を望んでいるか、何を感じているか知る必要がある。
4 平等
ITとバイオテクノロジーによる革命は、人間の自由だけでなく、平等という理想を覆す可能性がある。
筆者は次のように述べている。
「21世紀のもっとも重要な資産はデータで、土地と機械はともにすっかり影が薄くなり、政治はデータの流れを支配するための戦いと化すだろう。」
実際、データは新しい石油と言われている。
現在、一部のITに携わる人の富裕化が進んでおり、一握りの超人を目指す階級と、その他の膨大な数の、存在意義のなくなった下層階級に、人間が分断される可能性がある。
以前の歴史にように、上流階級が下級階級を搾取するのではなく、下級階級の存在意義そのものが喪失するのである。
考えられるシナリオは、人間はデータソースとしての役割のみが与えられ、その他の決定はすべてアルゴリズムが行うことになる。
そのため、ネットワークに接続しておらず、データをAIに提供しない人間は、保険会社からは保険加入を拒否され、雇用者からは雇用を拒否され、医療サービスからは医療を拒否されるということになりかねない。
データの所有をどう規制するかという問題は、AIの規制以上に重要な問題となる。
5 コミュニティ
マークザッカーバーグがオンラインでのグローバルなコミュニティを提唱している一方で、我々は依然として、小規模で親密なコミュティに根差している必要がある。
その意味では、我々は石器時代の動物と変わらない。
国家や政党という想像上のコミュティ、オンライン上のコミュニティなど、人間が所属するコミュニティの数は増えているが、地球上で孤独な暮らしを送る人々が増えている。
さらに、今日の社会的混乱や政治的混乱の多くは、人間関係の低迷にもとを辿れる。
所属しているコミュティの種類は、人間関係の豊饒さには直接関係しない。
しかしながら、ザッカーバーグがオンラインの上の新しいコミュティの提唱をしたことは、賞賛に値する。
また、人間には体があることを忘れてはいけない。
人間の疎外感の大きな原因の一つは、感覚や身体的環境と疎遠になることだ。
この意味では、近年のテクノロジーは私達を、自分の体から遠ざけてきた。
究極的には、人間は何百万年にもわたって、教会や国民国家なしで生きていた。
人類の統一を目指すのであれば、人間には体があることを正しく認識することが欠かせない。
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Monday, August 12, 2024
ユヴァル・ノア・ハラリ「21世紀の人類のための21の思考」
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