Wednesday, April 2, 2025

市丸――江戸小唄に生きる女の“色”と“恥じらい”(1969年)

市丸――江戸小唄に生きる女の"色"と"恥じらい"(1969年)

1969年の春、江戸小唄の名手・市丸が語る芸談には、芸能の本質とも言うべき"恥じらい"の美学が滲んでいた。市丸は、昭和初期から活躍してきた女性歌手であり、和服を身にまとい、三味線にのせて色香を帯びた小唄を静かに、しかし鋭く語りかけるように歌ってきた人物である。

当時は、映画界をはじめとして芸能の"露出"が激しくなっていた。フランス映画の濡れ場が話題になり、映画女優がヌードを披露することも、もはや"芸術"として受け止められ始めていた。そんな中、市丸は、「色気とはあくまで"見せないところ"にある」という持論を語っている。

市丸によれば、江戸小唄の世界では、色を"匂わせる"ことが命であり、見せることそのものが野暮であった。唇の一文字、肩の振り返り、指先の間からのぞく襦袢の赤――そのすべてが「見せない美」であった。彼女は「色っぽいことを感じて、恥じらいで包み込むこと」が芸の根幹であると断言する。

市丸が語る「恥じらい」とは単なる奥ゆかしさではなく、"あえて抑制すること"によって観客の想像力を引き出す知的な演出手法である。現代の芸能が"見せることで刺激を与える"方向に傾く中で、彼女は「想像させることこそが芸の粋」であり、「露出するのは最も無粋」と語る。

また、興味深いのは彼女の言葉の中に"誇り"と"怒り"が共存している点である。芸能の堕落に対しては厳しく、「恥を捨てた女の芸など見たくない」と切って捨てている。その言葉は、昭和という時代を生き抜いた女性芸人としての誇りと、芸を商業化する流れへの静かな抵抗とも言える。

当時の日本は高度経済成長の中にあり、テレビや映画が大衆の娯楽として急速に拡大していた時代である。映像技術や演出効果の進化により、"恥じらい"を飛び越えるような"直截な表現"が賞賛される空気もあった。だが、市丸はあくまで"語り"と"間"の中に情を封じ込める古典芸能の矜持を守り続けた。

この語りは、単なる芸談ではない。そこには、芸能とは何か、人前で表現することとは何か、そして"女であること"と"演じること"のあいだにある微妙な心理と社会の境界が、ひとつの身体から語られている。

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