Wednesday, April 2, 2025

アジアに向けた沈黙の歌――べ平連、ベトナム、そして1969年の反戦文化

アジアに向けた沈黙の歌――べ平連、ベトナム、そして1969年の反戦文化

1969年日本の都市の片隅ではギターを抱えた若者たちが静かに歌っていた。声高に叫ぶのではなくまるで囁くように「戦争はいらない」とつぶやくように。それは火炎瓶やゲバ棒が飛び交う学生運動とは異なるもう一つの"抵抗のかたち"だった。

この年ベトナム戦争は泥沼化しアメリカの空爆はラオスやカンボジアにまで拡大していた。テレビが伝える映像は炎上する村泣き叫ぶ子ども土ぼこりと爆撃機。そんな現実に対し政治やイデオロギーを超えて「これは人間として許されることか」と自問する若者たちが日本にも現れた。彼らの運動の名は「べ平連(ベトナムに平和を!市民連合)」。

べ平連は政党や団体とは距離を取り個人の意志に基づく市民運動を標榜した。沈黙のデモ手書きのプラカード喪服を着て歩く「沈黙の行進」など激しいスローガンではなく静かな身体の表現によって反戦を訴えた。代表的な行動のひとつが東京・青山墓地周辺で行われた沈黙のデモであり街中にゆっくりとした喪のリズムを漂わせた。

1969年7月には「新宿西口地下広場フォークゲリラ事件」が発生する。新宿駅地下の広場でフォークギターを手にした若者たちが歌とともに反戦を訴えていたが警察によって排除され逮捕者が出た。この事件は表現の自由と公共空間のあり方をめぐる大きな議論を巻き起こし「広場の自由」という新たな概念を浮かび上がらせた。

『話の特集』では作家・五木寛之がべ平連の運動とベトナム戦争に寄せる自身の思いを語っている。彼はスペイン内戦に自ら参加した知識人たちの記憶を引き合いに出し「なぜ今アジアの民衆の苦しみに無関心でいられるのか」と問う。政治的信条よりももっと根源的な「人間性」への信頼と悲しみに基づくヒューマニズムが五木の視点にある。

注目すべきは運動の表現手段として"フォークソング"が選ばれていた点である。加藤登紀子岡林信康そして無名の若者たちの歌声は集会ではなく街の中から響き雑踏のノイズに混じりながら確かな訴えとなって人々の耳に届いた。戦争反対を叫ぶのではなく「悲しみを共有する」ことを歌い続けたのだ。

べ平連は過激な学生運動に比して"甘い""効力がない"と揶揄されることもあった。しかしその運動の本質は「国家」「思想」ではなく「わたし」という個人が何を感じどう動くかにかかっていた。それは静かでありながら強い輪郭を持ったヒューマニズムの行動だった。

新宿の地下広場で青山の並木道でベトナムから遠く離れた日本でべ平連の人々は問いを投げかけ続けた。「あなたはこの戦争に関係がないと言えるのか」と。そしてその問いは半世紀を経た今もなお私たちの足元に静かに鳴り響いている。

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