Friday, October 31, 2025

神殺しの森―屋久島・如竹の時代(17世紀)

神殺しの森―屋久島・如竹の時代(17世紀)

十七世紀の屋久島は、薩摩藩支配下で森林資源の管理が進み、屋久杉が重要な経済資源として注目されていた。島の人々にとって屋久杉は神木であり、伐採は禁忌とされたが、安房出身の儒学者・泊如竹はその禁忌を破り、伐採を正当化する論理を示した。彼は山に十七日こもり、斧を立てかけ倒れなければ伐ってよいと説いた。神意を現象として検証するこの行為は、信仰を否定せずに合理を導入する試みであり、民俗社会と近代国家の狭間に立つ思想的実験だった。以後、屋久杉は藩財政の基盤となり、島の景観は大きく変わる。著者はこれを「神殺し」と呼ぶが、それは信仰の破壊ではなく、理性による信仰の翻訳だった。神と合理の対話の上に屋久島の近代が始まり、その知恵は後の環境思想にも通じている。神を殺したので
はなく、神と理が今も森の中で語り合っているのである。

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