Thursday, October 30, 2025

山を渡る声-福島県-1973年頃

山を渡る声-福島県-1973年頃
1973年頃、福島県の山間部の村では、谷を越えて響く「山彦呼び」という独特な通信手段が存在していた。これは、離れて暮らす家族や隣家との連絡のために用いられていたもので、人の姿が見えなくとも互いの存在を確認できる知恵であった。呼びかけの声は山に反響し、その応答が返ってくることで、相手の無事を知る安心感があったという。また、これは単なる実用手段にとどまらず、村人たちにとって日常の一部であり、山と人との関係性を深く反映していた習慣でもあった。
当時は電話がまだ一般的ではなく、ましてや山村には設置すら難しかった。道路も十分に整備されておらず、交通や通信の手段が乏しいなかで、自然の地形を味方につけたこの呼びかけは、まさに"声の道"であった。その声の響きには、孤立を恐れず自然に寄り添って暮らす人々の姿が見て取れる。
しかし、近年は携帯電話の普及により、こうした風習は急速に姿を消していった。若い世代はもはやこの技術を必要とせず、山に響く人の声は、今や物語の一部となりつつある。だが、その声の余韻は、確かにかつての山の暮らしを語り継いでいる。

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