暗流の絆 ― 道仁会と前田諭孝の影(1971-2024年)
1970年代初頭、戦後復興が一段落した九州では、高度経済成長の波に乗りながらも地域格差が深まり、都市周辺では建設・港湾・運輸業を中心に裏社会の活動が拡大していた。福岡・久留米で誕生した道仁会は、こうした社会の底流に生まれた「土地と労働の共同体」的な側面を持ち、初代古賀磯次が1971年に創設。戦後の暴力団が経済と密接に結びつく時代に入り、地場産業・公共事業・金融の周辺で影響力を強めていった。
前田諭孝は、道仁会内の前田一家初代とされるが、詳細は謎に包まれている。彼の名が公的資料にほとんど現れないのは、組織内で調停役・資金管理役に徹し、表立つ行動を避けたためとされる。久留米を拠点とする道仁会は、地元政財界との関係を深める一方、山口組・工藤会など外部勢力との抗争を繰り返しながら勢力を拡大。九州一円で「筑後のドン」と恐れられる存在となった。
1980年代に起きた山道抗争では、山口組との衝突により九名が死亡。さらに2000年代には、内部抗争から分裂した九州誠道会との「九州戦争」が勃発する。手榴弾や自動小銃が使われる異例の戦闘で、一般市民も巻き添えとなった。2006-2013年の抗争期に報道された事件は四十件を超え、全国的な注目を集めることとなる。社会の治安悪化への懸念から、警察は筑後地区に暴力団集中取締本部を設置し、資金源の遮断と事務所撤去を推進した。
こうした流血の時代を経て、2010年代後半には道仁会と浪川会の間で和解が模索される。かつて敵対関係にあった両組が「同時引退」「抗争終結」を発表したのは2021年のことであり、九州裏社会の構図に大きな変化をもたらした。背景には、暴力団排除条例や経済のグローバル化により、従来の縄張り型組織が機能しなくなった現実がある。
2024年、五代目福田憲一が会長に就任。彼は冷静な戦略家として知られ、暴力よりも「資金管理・不動産運用・社会連携」を重視する新体制を構築している。久留米を中心に、表向きは企業グループとして活動する姿も見られるようになった。一方で、警察はその動きを「経済的潜伏化」と警戒している。
現代の道仁会は、暴力から経済へ、縄張りからネットワークへと変貌を遂げつつある。血で塗られた過去の抗争と、静かに流れる現代の資本の裏側。その両極に貫かれているのは、九州社会特有の「地縁・血縁・義理」の絆である。前田諭孝の影は、こうした時代の転換点に生きた調整者として、組織の"暗流"を今なお支えているのかもしれない。
【参考文献・関連情報】
- 『暴力団抗争史 九州編』警察庁広報資料(2023年版)
- 溝口敦『血の抗争 九州ヤクザ戦争の実相』(講談社文庫)
- NHK「九州裏社会の現在」ドキュメンタリー(2022年放送)
- Wikipedia「道仁会」「九州誠道会」「浪川会」
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