静寂に映る舞台 - 久慈あさみと戦後日本映画の転換点(一九四五-一九六〇年代)
久慈あさみ(1922-1996)は、元宝塚歌劇団月組男役トップスターとしての華やかな舞台出身を経て、戦後日本映画の新たな女性像を体現した女優である。大正期生まれ、敗戦直後の混乱期に活動を開始し、映画「社長シリーズ」で知名度を得た。
戦後の日本は、焼け跡からの復興を経て、都市化・消費社会の芽生えとともに映画産業も大きな変化を迎えていた。貧困や混乱を描くリアリズムから、明るく希望を描く娯楽映画へと舵を切った一九五〇年代、久慈あさみはその"希望の光"としてスクリーンに登場した。宝塚時代に培われた華やかな身のこなしと、戦後女性としての新たな振る舞いを併せ持ち、女性が戦前とは異なる社会の中で自らの場所を探る姿を自然に演じていた。
代表作として、「太陽を抱け」(1960年)では三条節子役を務め、コメディ仕立てながらも女性の仕事と家庭の狭間に立つ心理を柔らかく描いた。また、東宝の社長シリーズにおいては、社長夫人や秘書など女性の職業的・私生活的ポジションを演じ、戦後女性の"働く"という新しい関係性に光を当てた。
同世代の女優をみると、高峰秀子や原節子が戦前から戦後にかけての移行期を体現した"内面の強さ"の女優であったのに対し、久慈あさみは"舞台的気品"と"日常性"を兼ね備えた存在だった。宝塚出身という背景も、伝統的女性像と近代女性像の架け橋として彼女を特徴づけていた。
戦後社会が「女性は家にあるべき」という価値観から、「女性も社会と関わるべき」という新たな価値観へと変わる中、彼女はその変化の波しぶきにさらされながらも、明朗で自立的な女性像を築いた。久慈あさみの演じた女性たちは、戦後日本の「復興」と「日常の再編」を映す鏡であり、映画史においても重要な位置を占める。彼女の存在は、昭和という時代を"舞台の煌めき"から"庶民の希望"へと転じさせた女優のひとりである。
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