月と穴と女たち-和歌山県-1973年頃
1973年頃、和歌山県のある山間部で、女性たちのみが集い「月待ち行事」が行われていたという記録がある。この行事では、女たちが夜に山の小屋に集まり、月の出を静かに待ちながら語らい、やがて地面に穴を掘り、何かを埋めて終えるという。一見すると素朴な風習だが、その内奥には身体感覚と宇宙的なリズムとが結びついた、深い民俗信仰が息づいていたと考えられる。
当時の日本は高度経済成長の末期であり、都市化と工業化が地方にも波及していた。生活は機械的になりつつあり、かつての自然との繋がりや共同体の儀礼は失われ始めていた。とりわけ1970年代初頭は、農村の過疎化と若年層の都市流出が顕著で、集落に残る女性たちの役割や時間感覚は大きく変化しつつあった。そうした中で、月の満ち欠けという宇宙のリズムを基盤にしたこの「月待ち」は、時代の急流に抗うような静かな抵抗の儀式でもあったのかもしれない。
「穴を掘って埋める」という行為については明確な資料は残っていないが、民俗学の観点から見れば、これは再生・浄化・封印といった象徴的意味を持ち得る。特に女性たちによる儀礼であることから、生理や出産といった身体的体験と重ねられていた可能性も高い。月は古来、女性の身体と連動する神秘的存在とされ、多くの文化圏で「月待ち」は安産祈願や女性の霊的保護に関わってきた。
この行事が記録された1973年頃には、すでに消えかかっていた伝承であり、記録者自身も詳細を掴みきれなかったようだ。しかしその断片的な記憶のなかには、日常と異界の境界で交わされた、女たちの沈黙の知恵と連帯のかたちが、確かに息づいている。現代においてこのような儀礼はほとんど見られなくなったが、かつてそこには、月と土地、身体と自然が緩やかに響き合う、風土的な世界が存在していたのである。
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