凛と沈む初花/初おいらん会の静謐な闘い(18世紀後半)
江戸後期、吉原遊廓は情欲の場を超え、儀礼と美学が融合した「社交の劇場」であった。初めて客を迎える「初おいらん会」では、花魁は客に視線を向けず、言葉も交わさないのが作法とされた。この沈黙には「媚びぬ誇り」と「価値を高める駆け引き」の両面があった。
しかし沈黙が長く続けば、座敷は緊張に包まれる。その空気を和らげるのが太鼓持ちや芸者の役目であり、即興の洒落や唄で場の温度を調整した。こうした"間"の取り方こそ、江戸の粋の本質であった。笑いは緊張を解く呼吸であり、沈黙は愛の始まりであった。
当時の江戸は町人文化が成熟し、形式よりも感情の機微や間合いを尊ぶ社会へと移り変わっていた。花魁はただの娼婦ではなく、教養と芸を備えた舞台女優のような存在であり、初会の沈黙はその「演技」の第一幕であった。沈黙をどう保ち、どの瞬間に目を上げるか――それが愛と駆け引きの劇であり、江戸人が見出した"沈黙の芸術"であった。
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