風を鎮める祈りの地誌――山梨・樫山の「風の神」と風切り松(1950年代〜1970年代)
山梨県北杜市の旧清里村・樫山集落は、八ヶ岳おろしの強風に悩まされてきた地域である。人びとは防風のために松を並べて「風切り松」と呼び、防風林と祈りを組み合わせて風を鎮める仕組みを築いた。列状の松の中には風の神を祀る小祠「風の三郎社」があり、物理と信仰の両面で風を制する生活知が息づいていた。その後、小祠は利根地区に移され、農地整理や観光開発の影響が指摘されるが、信仰は途絶えなかった。
この地域では、風を単なる災害ではなく交渉相手とみなす環境観が形成されており、北陸の「吹かぬ堂」など他地域の風信仰とも通じる。強風期には刃物を立てて悪風を切る風習もあり、風を鎮める儀礼が生活の中に根づいていた。戦後の変化を経ても、防風林は生活技術、祠は関係調整の作法として残り続け、自然と共に生きる知恵が伝承された。清里周辺では今も「風切りの里」としてその記憶が語り継がれている。
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