豊田有恒の『時間砲計画』誕生秘話―冗談と科学が交差した創作の夜(1960年代後半)
1960年代後半、日本のSF界はまさに"青春期"にあった。戦後の復興が落ち着き、社会全体に未来志向のムードが漂う中、若い作家たちは夜な夜な集まり、酒と議論に明け暮れていた。東京・新宿や渋谷の居酒屋には、筒井康隆、小松左京、眉村卓、そして豊田有恒といった面々が顔を揃え、現実と空想の境界を笑い飛ばすように創作の種をまいていた。その熱気の中で誕生したのが、豊田有恒の代表作『時間砲計画』(1969年)である。
この作品は、ある軍事研究所が時間を砲弾のように撃ち出すという奇抜な設定で知られる。だが、発想の原点は科学理論ではなく、ある晩の酔談にあった。豊田が友人に「時間を撃てたら戦争は終わるかもな」と冗談を言うと、小松左京が「いや、時間を撃つなら未来そのものを破壊することになる」と返した。その何気ないやり取りが、後に小説へと結晶化したのである。
当時の日本は、万博(1970年)を控え、科学技術を「未来の希望」として讃える一方で、その制御不能な力への不安も芽生え始めていた。『時間砲計画』はその時代の空気を見事に映し出している。科学が人間の夢と狂気を同時に孕むものであることを、軽妙な文体の裏で鋭く突いていた。
豊田は理系的知識を持ちながらも、ユーモアと風刺を重視した作風で知られる。彼にとってSFとは、学問と冗談の間にある"自由な知の遊び場"であり、その姿勢が日本SFの多様性を育てた。『時間砲計画』誕生の背景には、知識人と作家たちが夜ごと語り合い、笑いながら未来を構想した――そんな時代の豊かさがあったのである。
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