Saturday, October 11, 2025

資本が雪だまになる日―資本論・19世紀

資本が雪だまになる日―資本論・19世紀

資本の蓄積は、貨幣が商品を介してより多くの貨幣へと回帰する循環 M–C–M' を基軸に進む。単なる消費のための C–M–C と異なり、価値を増殖させる運動そのものが目的化し、再投資が反復されるほど、剰余価値は新たな資本へと凍結されていく。ここで肝心なのは、増殖の論理が市場の偶然ではなく、資本の循環構造そのものに内在する点だ。

蓄積の進行は、個々の企業の内部で規模が肥大化する集中と、合併や買収、信用制度を通じた所有の集約である中央集権化を同時に促す。マルクスは、競争が弱者を淘汰し、勝者の手に資本を寄せ集める過程を、労働力の相対的過剰人口や機械化による能率上昇と不可分のものとして描いた。十九世紀後半、この二つの力学は工場制大工業の成熟とともに加速し、産業と金融の結びつきが強まるほど、資本はより大きなブロックへと編成されていった。

その背景には、法制度の革新がある。英国では有限責任を一般の株式会社に認める一八五五年有限責任法、さらに法人設立の手続きを整備した一八六二年会社法が整備され、広範な投資家から資本を吸い上げる器として株式会社が量産された。有限責任は出資者の個人資産を会社債務から切り離し、資本の動員を飛躍的に容易にした。

米国では、石油精製の標準石油が一八八〇年代に国内精製の九割を握り、十八八二年にはトラスト形態で支配を強化した。こうした巨大化は社会的反発も招き、十八九〇年のシャーマン反トラスト法制定へとつながる。十九世紀末のギルデッド・エイジは、資本の前例ない集積と、それを規制する法の誕生が拮抗した時代でもあった。

大陸欧州では、ドイツのユニバーサルバンクが重工業を長期にわたり融資・統制し、企業間の取締役ネットワークが形成されて資本の中央集権化を金融面から後押しした。これは株式市場と銀行信用が補完し合う十九世紀後半のドイツ型発展の核であり、産業再編の速度と規模を決定づけた。

要するに、剰余価値が再投資を通じて資本へ転化する循環が回るほど、規模の経済と信用制度、会社法制が相乗し、資本は雪だま式に巨大化する。資本主義はこうして高度に集中・中央集権化した秩序へ傾斜し、社会の力学は少数の資本ブロックの重力に引き寄せられていく。この歴史的傾向こそが、『資本論』が描いた十九世紀の実像である。

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