Saturday, October 11, 2025

風の町、海を見つめて ― 長崎県小長井町の風力発電事業 ― 2004年

風の町、海を見つめて ― 長崎県小長井町の風力発電事業 ― 2004年

2000年代初頭、日本はエネルギーのあり方を根本から問い直す時代を迎えていた。京都議定書の発効を目前に控え、化石燃料への依存を減らし、再生可能エネルギーを地域に根づかせることが国の課題となっていた。そんな中、長崎県の小さな町・小長井町は、有明海を吹き抜ける風に未来を託した。

この町では1998年に三菱重工製の300kW風車を試験的に設置したのを皮切りに、2000年と2002年にはデンマーク・ヴェスタス社製の600kW機を導入し、合計出力1500kWの町営風力発電施設を整えた。当初は技術的な挑戦にすぎなかったが、2003年度には3基がフル稼働し、年間売電収益は2000万円を超えた。発電した電力は町営の山茶花高原ピクニックパークやハーブ園で使われ、余剰分は九州電力へ売電された。

だが、この試みの本質は単なる電力事業にとどまらない。観光と教育を融合させた環境モデルとして、町には年間250人を超える視察者が訪れ、地域の子どもたちも見学学習を通して風の力を学んだ。町の人々は風車を誇りに思い、風を資源として受け入れる意識の転換が静かに進んでいった。地方の小さな町が自らの手でエネルギーを生み出す姿は全国に希望を与えた。

この頃、国のRPS制度(電気事業者による新エネルギー利用特措法)が始まり、再エネ導入が制度的に支援され始めていた。小長井町の取り組みは後の固定価格買取制度(FIT)を先取りする実践であり、地域の風土と調和した分散型エネルギーの先駆けとなった。

現在、諫早市に合併された小長井地区では、かつての風力発電の理念が地域エネルギービジョンとして受け継がれ、有明海沿岸の再エネ導入拠点として再評価されている。風は今も変わらず海を渡り、あの町の丘に立つ風車は持続可能な未来への灯台のように回り続けている。

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