中国人民解放軍61398部隊 ― サイバー空間に広がる新冷戦の影
2013年2月、米国のサイバーセキュリティ企業マンディアントが発表した詳細報告書により、中国人民解放軍の一部門「61398部隊」の存在が世界に衝撃を与えた。上海に拠点を構えるこの部隊は、通信用の大型ビルに入居し、数百人規模の要員を擁して米国企業や政府機関を標的に継続的なサイバー攻撃を行っていたとされた。狙いは軍事機密から企業の知財にまで及び、航空宇宙、防衛産業、エネルギー、通信分野など広範囲に及んでいた。特に、F35戦闘機の設計データ流出は、米国防衛産業に大きな衝撃を与え、中国の軍事技術躍進を裏で支えていると疑われた。
当時、中国は急速な経済成長を背景に「製造業大国から技術大国へ」の転換を目指し、ハイテク分野の知識や設計図を直接奪うことが最短の近道と考えていた。習近平政権が打ち出した「中国製造2025」に先行する形で、国家ぐるみの産業スパイ活動が展開されていたのである。冷戦時代の諜報戦が物理的なスパイ活動を中心に行われていたのに対し、21世紀の新冷戦ではインターネットを通じたデータ窃取が主要な戦場となった。
米国はこの発表を受け、中国の軍関与を初めて公式に名指しし、外交的抗議と同時にサイバー防衛政策の強化を進めた。オバマ政権下では米中間でサイバー協議が持たれたものの、経済と安全保障をめぐる対立は深まる一方であった。この事件は、サイバー攻撃が「国家の兵器」として公然と認識される契機となり、産業スパイと国家安全保障の境界を溶かしていった。
61398部隊の存在は、サイバー空間が単なる犯罪者の場ではなく、国家権力が全面的に介入する新たな地政学的領域であることを示す象徴的事例となった。これは米中間のサイバー覇権競争の始まりを告げ、国際秩序の不安定化を加速させたのである。
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