Saturday, October 11, 2025

風俗の断層―銀座の夜を語る・昭和四十二年七月

風俗の断層―銀座の夜を語る・昭和四十二年七月

昭和四十二年、東京・銀座は戦後の夢の都としての光をまだわずかに残していたが、その輝きの奥では静かな変化が進んでいた。高度経済成長がピークを迎え、街には新しいビルが次々と建ち、サラリーマンのボーナスが消費社会を支える原動力となった。三種の神器が家庭に行き渡り、カラーテレビが普及しはじめた時代である。しかし、夜の銀座を見つめていた老舗バーの経営者の目には、その繁栄はどこか薄く早すぎるものであった。

この経営者は語る。「昔の客は、一杯のウイスキーに夜を預けた。いまの若い連中は、飲むより騒ぐ。」その言葉には、銀座という街が長年育ててきた「粋」という文化の終焉がにじむ。戦後まもないころの銀座は、まだ焼け跡の匂いが残る中で、人々が貧しさの中に品を探す場所だった。芸者の笑い声や、客と女将の短い挨拶にさえ、礼節と距離感があった。だが、昭和四十年代に入り、街は若者文化に浸食されていく。夜の匂いが香水とタバコから、プラスチックと電飾の匂いへと変わっていった。

この時代、銀座のバーやクラブは経済人と文化人が交差する語りの場であり、政治の裏話も、詩人の酔いどれの一言も、そこから生まれた。だが経営者は、その会話の深みが薄れゆくのを肌で感じていた。「みんなが忙しすぎる。昔の銀座は、時間が止まっていた。」それは、経済成長の裏で失われていく余白の文化への惜別の言葉であった。

昭和四十二年の銀座は、街そのものが時代の鏡であった。ネオンサインの輝きの裏には、均質化する都市の息苦しさが漂い、古い常連たちはひっそりと姿を消した。そこにあったのは、金と流行に支配される消費の夜。かつて「粋」と呼ばれた人間の呼吸が、経済の速度に押し流されていった。

この老舗バーの経営者の語りは、都市の変貌を単なる懐古ではなく、人の言葉で記録した貴重な証言である。昭和の銀座が持っていた間と静けさ、そして言葉の品格は、この時代を境に失われていった。彼の言葉は、繁栄の影で音もなく崩れた風俗の断層の記録であり、華やかな夜の背後に流れる、ひとつの時代の終わりを静かに告げている。

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