Wednesday, October 15, 2025

引手茶屋での駆け引き―吉原の玄関口に息づく言葉の芸(江戸時代)

引手茶屋での駆け引き―吉原の玄関口に息づく言葉の芸(江戸時代)

吉原の引手茶屋は、遊女屋へ客を直接通す前の中継地点であり、客・遊女・仲介人が最初に言葉を交わす重要な場であった。初対面の客に対し、引手が「この方は上客ですよ」と持ち上げ、遊女が「まあ、よう言いますわ」と笑って応じる場面には、吉原独特の言葉の駆け引きがあった。相手を気分よくさせながらも、礼を失わない応対術は、冗談と品位の絶妙な均衡を保つ言語芸であり、江戸の「粋」の精神を体現していた。江戸後期には、こうしたやり取りが一種の社交儀礼となり、引手茶屋は客の"格"を試す場としての役割を強めた。常連を贔屓にする店や、芸者を呼んで座敷遊びを演出する茶屋もあり、そこでは会話の巧みさが評価の対象とされた。引手茶屋での会話は、単なる商談や口説きではなく、洗練された社交の技
法であり、笑いと緊張、誇りと駆け引きが交錯する、江戸の人間模様を象徴する文化的舞台であった。

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