隠語と仲間意識―戦後社会に息づいた露天商の符牒文化

隠語と仲間意識―戦後社会に息づいた露天商の符牒文化
テキヤの社会には、「ショパ」が場所、「ズキサカ」が盃といった独自の隠語が存在した。これらの言葉は日常的に使われ、仲間内では通じても外部の人間には理解できないため、自然と内部の結束を固め、外部者を遠ざける役割を果たした。符牒と呼ばれる合言葉や隠語は、単なる暗号ではなく、世代を超えて伝えられる伝統であり、テキヤという職能集団のアイデンティティを強めるものでもあった。

戦後の混乱期、闇市や縁日で多くの露天商が活動していたが、法的整備や治安維持の仕組みが未成熟な中で、内部の連帯感こそが生き残るための力となった。警察や役所の取り締まりをかわしつつ、互いに協力して場を守るためには、外部に漏れない意思疎通の手段が必要だった。隠語はその実践的な機能を持つと同時に、「仲間である」という証として、共通の文化資産にもなった。

高度経済成長期に入り、都市化が進むと露天商は規制や競争に直面するが、仲間意識を高めるために隠語文化はむしろ重視された。符牒は新参者が内部に溶け込むための「通過儀礼」にもなり、言葉を覚えることが組織への忠誠を示す一歩であった。企業社会が社訓や規範を掲げて社員を一体化させたように、テキヤ社会は隠語という言葉の文化で仲間を束ねたのである。

現代においては暴力団排除条例や社会的監視の強化により、こうした隠語文化は公には姿を消したが、祭礼や地域の縁日にはその名残が見え隠れする。隠語は単なる秘密の言葉ではなく、戦後から高度成長期にかけての不安定な社会のなかで、テキヤが自らの共同体を守り、文化的独自性を示すために生み出した知恵であったといえる。