地下街の幻影と白亜の館 ― 大正新宿の商人たちの決断

地下街の幻影と白亜の館 ― 大正新宿の商人たちの決断

大正時代の新宿は、四谷の延長と見なされる場末に過ぎなかったが、鉄道網の発達や人口の流入により徐々に都市化の兆しを見せていた。そんな中、「地下に大商店街ができる」という噂が広まり、地上の商店主たちは自らの商売を脅かすものとして強い危機感を抱いた。当時の銀座では百貨店が既存の商店を圧迫していたこともあり、新宿の人々はその影を自らに重ねて見たのである。商人たちは集まり、「これは重大だ」「対抗策を考えねば」と声を上げ、会議の場は熱を帯びた。そのやりとりはまるで会話劇のようであり、時代の転換点に立たされる人々の息遣いが伝わってくる。

やがて議論の末、彼らは新しい娯楽を取り込む決断を下し、三階建て白亜のビルに収められた映画館「武蔵野館」を建設するに至った。武蔵野館は当時の新宿において唯一の近代的建物であり、活動写真と活弁士の語りが人々を惹きつけ、街の表の顔となった。これは単なる商業的対抗策ではなく、新宿を文化と娯楽の中心地へと押し上げる象徴的な出来事であった。「地下に大商店街」という幻影がもたらした不安は、逆に地域の団結を促し、都市の未来を切り開く原動力となったのである。