Thursday, October 23, 2025

南九州・トカラ列島に生きた「嫁盗み」―昭和後期から平成初期の村落社会のかたち(昭和後期〜平成初期)

南九州・トカラ列島に生きた「嫁盗み」―昭和後期から平成初期の村落社会のかたち(昭和後期〜平成初期)
鹿児島県のトカラ列島を中心とする南九州の農漁村では、共同体がまだ力強く機能しており、若者組が家と恋愛、制度と情の狭間を調整する重要な役割を担っていた。結婚は家という経営単位を維持するための制度で、恋愛感情だけでは認められなかったが、抑えきれぬ感情が制度を揺るがすとき、若者組が「嫁盗み」という儀式的行為によってその葛藤を調和させた。これは制度を壊すためではなく、むしろ制度を守りながら人間的幸福を取り戻す民俗的知恵であった。
この慣行は暴力ではなく、共同体の秩序と感情の均衡を保つための装置であり、近代合理主義とは異なる柔軟な倫理を示している。昭和後期から平成初期にかけての急速な都市化と家制度の崩壊のなかで、嫁盗みは「制度と個人の幸福の調和」を象徴する再解釈の対象となった。伝統社会の柔らかい共同性と人間的な温もりが、南九州の村々には確かに息づいていた。

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