江戸川乱歩と戦後SFの断絶―幻想から現実へ、変わる時代の視線(1950~1970年代)
戦後日本のSF文学は、江戸川乱歩という"幻想の巨匠"の影を意識しながら出発した。乱歩は戦前から「探偵小説的SF」と呼ばれる分野を開拓し、科学技術と人間心理の歪みを怪奇と幻想の中で描いた作家である。彼の作品には、合理主義と倒錯、現実と夢の境界が混ざり合う独特の魅力があった。しかし、戦後の作家たちはこの作風を"過剰な幻想""時代に合わない浪漫"とみなし、現実社会を分析する冷徹な視点へと舵を切った。
1950~60年代、日本は焼け跡から立ち上がり、科学と経済の発展を信仰する「合理の時代」へと突入していた。乱歩的な異常心理や幻想的構造は、戦後社会の現実主義の中では古風なものと見なされた。星新一や小松左京、筒井康隆らが登場すると、彼らは"幻想"よりも"社会構造"や"技術文明の病理"を描き、乱歩の時代とは異なる"現代SF"を築いた。
だが同時に、乱歩の持っていた文学理念――「非現実を通して現実を照らす」――は、形を変えて受け継がれた。筒井の風刺や星新一の寓話には、乱歩の精神的系譜が確かに息づいている。乱歩が描いた"人間の深層の闇"は、科学文明の進展によってむしろ現代的な意味を帯びていったのである。
この断絶と継承のあいだに、戦前から戦後への"日本SFの世代交代"が生まれた。幻想から現実へ、怪奇から構造へ――その移行は、単なる文体の変化ではなく、社会全体の"理性への信仰"と"無意識の抑圧"という時代の構図を映すものであった。江戸川乱歩の影は消えたのではなく、戦後SFの地下水脈として流れ続けていたのである。
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