Sunday, December 7, 2025

山に響いた静かな転換点 林業自由化がもたらした山村の変貌 1960年代から1970年代

山に響いた静かな転換点 林業自由化がもたらした山村の変貌 1960年代から1970年代

昭和三十年代、日本の山村は大きな転換期を迎えた。昭和三十六年、政府は木材価格の安定を名目に外材の輸入を大幅に進め、さらに一九六四年には木材の全面自由化へと踏み切った。戦後復興を経て高度経済成長に向かう日本では、住宅建設や土木需要の急増を背景に、大量の木材が必要とされた。しかし国内の木材供給は農山村の労働力不足と手作業中心の林業によって限界に達しつつあり、政府は海外からの安価で大量の木材に依存する方向へ舵を切った。

その結果、国内林業は深刻な打撃を受けた。これまで山村の収入を支えていた木材価格が急落し、山で働くことの経済的魅力は急速に薄れた。林業構造改善事業が全国で展開され、林道の敷設や機械化、集材装置の導入などが進められたが、これにより伝統的な手作業の林業は衰退し、多くの山村労働者は農業や建設業などの一次産業へと職を移していった。山村に根付いていた季節労働のサイクルは失われ、地域社会の働き方も生活のリズムも変質していった。

さらに問題となったのは、急ピッチで進められた人工林の造成である。戦後の造林政策の影響を受け、杉や檜が大量に植林されたが、外材依存が進むことでその伐採時期が次々と先送りされ、管理の手が追いつかなくなった。間伐が十分に行われなかった林地は光が入らず根張りが弱まり、豪雨の際には倒木や表層崩壊を引き起こしやすくなった。高度経済成長がもたらした木材の自由化は、山村の経済基盤だけでなく、山の治水機能や生態系のバランスにまで影響を及ぼした。

外材自由化は都市の生活を支える大量供給を実現する一方で、山村の暮らしを静かに揺るがし、山の姿そのものを変えていった。山村の人々が代々受け継いできた山の手入れの知恵は、市場経済の急速な波に押し出され、山は管理されないまま時間に取り残された。今なお各地で問題となる倒木、土砂災害、そして荒れた人工林は、この時代の急激な政策転換の余韻として存在し続けている。

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