Tuesday, December 30, 2025

お雇い外国人 幻の内閣と海の向こうの助言――フランス公使ロッシュが描いた慶応改革の国家像(幕末 慶応年間 一八六〇年代後半)

お雇い外国人 幻の内閣と海の向こうの助言――フランス公使ロッシュが描いた慶応改革の国家像(幕末 慶応年間 一八六〇年代後半)

幕末の日本が直面していた最大の問題は、もはや軍事技術の遅れだけではなかった。開国後、列強が突きつけてきたのは、国家としての統治能力そのものだった。条約交渉、財政運営、軍の近代化、産業基盤の整備。これらを個別に改善しても意味はなく、国家全体を制度として作り替えなければ、日本は清と同じ道をたどる。その認識を、最も体系的な形で幕府に提示したのが、フランス公使ロッシュである。

ロッシュは、単なる外交官でも軍事顧問でもなかった。彼はフランス第二帝政の中央集権国家モデルを背景に、近代国家とは何かを制度の言葉で語れる存在だった。将軍慶喜と結んだ関係の中で、ロッシュは、幕府が生き残るためには部分的改革では足りず、政治、財政、軍事、産業を一体として再設計する必要があると説いた。慶応改革と呼ばれる一連の構想は、実質的にはロッシュの国家観を翻訳したものだったと言ってよい。

六局制内閣の設置という案は、その象徴である。将軍個人の裁量に依存する統治から、職務分担された官僚制へ移行すること。これは、封建的権威国家から近代行政国家への転換を意味していた。俸禄制を廃し給金制へ移行する構想も、武士階級の特権を解体し、国家財政を貨幣と労働の論理に組み替える試みだった。さらに商税や地税の導入、鉱山開発、工業振興は、年貢国家から産業国家への転身を見据えたものであり、フランス型財政国家の影響が色濃く表れている。

重要なのは、ロッシュの建言が模倣ではなく、制度設計として一貫していた点である。軍隊だけを西洋化しても、財政と行政が旧来のままでは国家は持たない。逆に制度だけを整えても、軍事力がなければ主権は守れない。ロッシュは、この相互依存を理解したうえで、幕府に包括的な国家改造を迫っていた。

しかし、この構想が実現することはなかった。大政奉還によって幕府は政治主体として消滅し、改革を実行する権力の基盤そのものが失われた。慶応改革は、実施される前に歴史の舞台から退き、幻の近代化計画として終わる。それでも、この計画が示した方向性は、後の明治政府による中央集権化、官僚制整備、税制改革、殖産興業と驚くほど重なっている。

フランス公使ロッシュは、日本の未来を決定した人物ではない。しかし彼は、日本が初めて制度として西洋国家を構想する瞬間に、最も明確な設計図を示した存在だった。慶応改革は失敗に終わったが、その設計思想は消えなかった。明治国家の骨格は、すでに幕末のこの時点で、異国の外交官によって静かに描かれていたのである。

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