Wednesday, December 31, 2025

無限の問いに生きる 埴谷雄高と戦後思想の極限 一九四〇年代後半から一九六〇年代

無限の問いに生きる 埴谷雄高と戦後思想の極限 一九四〇年代後半から一九六〇年代

埴谷雄高の文学と思想は、戦後日本が経験した敗北と再出発を、もっとも根源的な地点から引き受けた営みとして位置づけられる。代表作『死霊』が書き継がれた背景には、社会批評や政治的立場を超えて、人間存在そのものを問い直さざるをえなかった時代の切迫があった。

埴谷は戦前に治安維持法による弾圧と獄中体験を経験している。この体験は、国家や思想がいかに容易に人間を拘束し、思考を停止させるかを身をもって刻みつけた。敗戦後、多くの知識人が民主主義やマルクス主義へと向かうなかで、埴谷は理念の転換だけでは人間は変わらないという疑念を抱き続けた。

戦後直後から一九五〇年代、日本文学は社会性や現実批判を前面に押し出すが、埴谷は社会制度の分析だけでは、人間が抑圧に加担する根を捉えられないと考えた。『死霊』で描かれるのは、行為や事件ではなく、存在そのものを疑い続ける意識の運動である。

高度経済成長期、日本社会が安定と豊かさを得る一方で、戦争の記憶や思想的葛藤は急速に忘却されていった。埴谷の難解で結論を拒む文章は、その忘却への抵抗でもあった。答えを示さず、問いを持続させること自体が、戦後という時代における倫理だったのである。

埴谷雄高は、運動の旗手にも時代の代弁者にもならず、思考を止めない姿勢そのものを作品として残した。その沈黙に近い思索の緊張こそが、戦後思想の極限としての彼の位置を形づくっている。

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