Wednesday, December 31, 2025

見えない合意が世界を動かす夜 共同主観と物語の力 20世紀後半から21世紀初頭

見えない合意が世界を動かす夜 共同主観と物語の力 20世紀後半から21世紀初頭

人間の強さは、知能の高さそのものよりも、同じ物語を信じて同じ現実を共有できる点にある。顔も名前も知らない他人と、同じ貨幣を使い、同じ法律に従い、同じ未来像を語れる。これは物理的な力ではなく、共同主観という合意の力である。人間は広く共有された物語、相互主観的な現実を通して、大集団の協力を可能にしてきた。

この仕組みは、宗教、国家、科学のいずれにも通底している。宗教は共同体の規範と帰属を生み、国家は想像のつながりを制度へ固定し、科学は世界理解の共通手続きを与える。国民国家は、互いを直接知らない人々が、同じ共同体に属していると信じることで成立する想像の産物であり、宗教もまた社会的価値を再生産する装置として機能してきた。

当時の時代背景を踏まえると、物語の力は戦後の大量社会で一気に増幅した。テレビや新聞は共通の話題と価値観を広め、国家と企業は成長の物語を提示し、人々はその枠組みの中で働き、消費し、安心を得た。冷戦期には、自由と全体主義という対立する物語が世界を分断し、科学技術は競争の象徴となった。

その後、インターネットとグローバル化が進むと、物語は細分化され、複数の共同主観が同時に並走するようになる。共同主観は結束を生む一方で、分断や対立を深める力にもなった。特に、人間中心主義の物語が固定化されると、人間が自然を管理し最適化する存在だという考えが強まり、生態系破壊や社会的破綻を招きやすくなる。

共同主観の課題は、物語を捨てることではない。大規模な協力には物語が不可欠である。重要なのは、どの物語を選び、どこで更新し、どこで制限をかけるかだ。人間中心主義を絶対視せず、共存と制約を含む新たな物語へと組み替えられるかどうかが、21世紀社会の持続性を左右している。

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