「サイバー戦と冷戦の延長 ― 2000年代後半~2010年代、デジタル冷戦の幕開け」
冷戦終結から四半世紀が経過した2000年代後半、世界は新しい対立の様相に直面した。ソ連時代から続くロシアの情報戦の伝統は、インターネットとデジタル技術の普及によって現代化され、軍参謀本部情報総局(GRU)がその中心的役割を担った。GRUは従来のスパイ活動や宣伝戦を進化させ、サイバー空間を戦略的な戦場とみなし、大統領選挙や重要インフラを標的とするハッキング活動を展開した。
象徴的なのが2016年米大統領選挙での民主党全国委員会(DNC)への侵入である。数万件のメールが流出し、内部対立が暴露されることで選挙戦に影響を与えた。これは従来の盗聴や秘密文書の入手といった諜報活動が、サイバー空間を介してリアルタイムに拡散され、世界中に同時共有される時代へと変貌したことを示していた。GRUの活動は、旧ソ連のプロパガンダ戦術を基盤にしつつ、SNSやハッキングを融合させた「情報戦のハイブリッド化」であった。
時代背景として、米露関係はウクライナ問題やNATO拡大を巡り悪化し、西側諸国は再びロシアを「体制的脅威」と位置づけ始めていた。エストニアで2007年に発生したサイバー攻撃はその前兆であり、以降バルト三国やポーランドなどは監視体制を強化した。米国や欧州はNATOを中心に「サイバー防衛センター」を設立し、国家安全保障にサイバー分野を組み込まざるを得なくなった。
この流れは「デジタル冷戦」と呼ばれる状況を生み出した。かつては核兵器の抑止が国際秩序の中心だったが、21世紀に入ると情報とデータが新たな抑止と攻防の軸となったのである。西側諸国は監視網を強化し、ロシアや中国の攻撃に備えたサイバー演習を繰り返した。他方、ロシア側はサイバー攻撃を「安価で非対称的な戦力」として位置づけ、軍事的劣勢を補う手段として積極的に利用した。
こうして、冷戦型の対立構造は形を変えて続き、国家間の信頼をさらに損なった。サイバー戦は目に見えない境界を越え、日常生活や民主主義の制度そのものを揺るがす存在となり、現代の国際政治における新しい冷戦の象徴となったのである。
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