「光の海の断絶 ─ 2000年代~2010年代:海底ケーブルと新たなる危機」
海底を貫く光ファイバー網こそが、21世紀の情報社会を支える血管であった。2000年代以降、地球規模のデータ通信は、ほぼ例外なくこの「海底ケーブル」に依存する構造が確立された。しかし、その裏側には、物理的脆弱性と戦略的緊張の影が潜んでいた。
当時、多くの海底ケーブルは、広大な海底を経由するにもかかわらず、陸上と接続する「陸揚げ地点」が限定された数か所に依存していた。もしその地点が占領・破壊されれば、通信は断絶し、金融市場は急落、国家経済に連鎖するダメージが発生し得る。英国など関係当局は、これを「最大の弱点」であると同時に「戦略的な攻撃目標」として認識した。
この時代、技術的には WDM(波長分割多重化)技術、再生光増幅器、多重ルーティング、光増幅中継器といった要素が進化を続けていた。それにより、一本の光ファイバー内で数十~数百波長を同時伝送できるようになり、通信帯域は飛躍的に拡大した。また、ケーブル敷設技術も深海、高圧環境対応、曲線耐性などを備えるようになった。しかし、それでも「陸揚げ拠点への集中」は殆ど変わらず、そこが戦略的焦点として浮上した。
国際的には、米英諜報機関(NSA、GCHQ)による海底ケーブル傍受・監視計画が、後のスノーデン暴露で明るみに出た。これにより、海底通信インフラが単なる民間技術である以上に、国家安全保障の最前線であることが認識されるようになった。英国当局の言葉として「大きな弱点であり、同時に絶好の機会」という表現は、まさにこの「攻め得る弱点」としての海底ケーブルを指していた。
近年でも、ロシアが調査・破壊用船舶を海底ケーブル近傍で活動させているとの報道がある。また、地政学的緊張に伴い、国家支援と疑われるケーブル破壊・切断の報告も増加中である。さらに、最近の研究では、既設の海底光ファイバーを「分布型音響センシング(Distributed Acoustic Sensing: DAS)」として再利用し、海底近傍の船舶動静を検知する技術も提案されている。このような技術は、陸揚げ地点やケーブル経路の「監視強化」に資する可能性を秘めるが、依然として実用化には課題も多い。
このように、2000年代~2010年代は、光ファイバー網の拡張とともに、その物理的制約と地政学的リスクが顕在化し始める時期だった。未来に向けては、冗長化、分散型接地点、多経路化、そしてリアルタイム監視技術の融合が不可欠な課題となっている。
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